昭和12年の歴史を感じる。
国威宣揚石碑の特徴
昭和12年に建てられた歴史的なコンクリート製柱が魅力的です。
国威宣揚 三光協和会のプレートが歴史を感じさせます。
日中戦争に関連する重要な史跡としての役割があります。
主要道路から枝道に入る角部植え込みに古いコンクリート製柱があり、コンクリートに「国威宣揚 三光協和会 昭和12年(1937年)11月3日」と刻まれた金属プレートが嵌め込まれています。国旗掲揚で用いられた石柱です。柱上部に反円弧状窪みがあり、国旗掲揚のポール固定に使われていたことが伺われます。昭和12年といえば第2次世界大戦(1939-1945)の前ですので、国中で国威発揚の雰囲気が盛り上がっていた時代です。「三光」は町名ですので、この国威宣揚石碑は住民有志で結成されたグループによって建てられたことが分かります。道路改修などもあったでしょうが、今日まで残されていることに感心させられます。(2年後の再訪、2022年8月)古いコンクリート製の石碑、路傍の植え込みに半分埋もれていますが、以前と同じ状態でした。国威宣揚のために国旗が再び掲げられることは無いと思いますが、この石碑、いつまで存在し続けるのでしょうか?
| 名前 |
国威宣揚石碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
|
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