迫力の山門が魅せる宗玄寺。
宗玄寺の特徴
圧倒的な存在感を誇る山門は訪れる人々を惹きつけます。
山門の迫力ある美しさに心を奪われました。
参拝者が思わず息を呑む山門のデザインが印象的です。
渋川市にある曹洞宗の寺院『快中山東内院 宗玄寺(かいちゅうざん とうないいん そうげんじ)』です。棚下不動の滝の次の目的地は『赤城歴史資料館』でした。ですから、ここを目的地にして参拝したわけではなく、一旦通り過ぎたものの、なぜか誘われてUターンしたという感じです。で、戻ってみたら戦国時代にルーツを持つ歴史ある寺院だったという感じです。ご覧の通り青空を背景に山門が抜けのいい空間にすくっと建っているんですから、誰も素通りはできないはずです。所在地: 群馬県渋川市赤城町勝保沢甲99創建: 慶長19年(1614年)本尊: 釈迦牟尼仏開基(創立者): 小笠原信濃兵部大輔 秀政(おがさわら ひょうぶだゆう ひでまさ)秀政公が帰依していた関三刹の一つ、大中寺(栃木県)の別伝存策大和尚を招いて開山されました。寺名の「宗玄」は、秀政公の号にちなんでいます。また、寺紋は小笠原氏の「三階菱」です。秀政公は武田信玄に敗れて流浪した後、見事に家を再興した人物です。創建の翌年(1615年)には、秀政公とその息子の忠脩公が大坂夏の陣で負傷し、亡くなっています。別伝存策大和尚が、当時の曹洞宗の僧録所であった雙林寺(旧子持村)に晋住できなかったことから、雙林寺を見下ろすこの地に、秀政公が当寺を建立・寄進したと伝えられています。かつては七伽藍を有するほど隆盛しましたが、後に火災により焼失したとのことです。
山門が素晴らしい。
山門は迫力あり。
| 名前 |
宗玄寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0279-56-2458 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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戦国期に勝保沢城主の斎藤加賀守安清公が、下野の大中寺から別伝存策大和尚を招いて開山し、小田原征伐で盟主の北条氏が滅亡すると、居館跡を寄進して土着・帰農し、宗玄寺を開いたとされる。他に、信濃松本城主小笠原秀政公が、別伝存策大和尚を招いて開基したとする説もある。境内は赤城山麓にあり、南に榛名連山を間近にする眺望に恵まれて、広闊な境内と荘重な楼門、本堂は何はさておき出色…。市文化財である十一面観音を祀る観音堂(姫路藩士・石本勝左衛門勝辰が報恩のために出身地に寄進した、入母屋造り唐破風向拝付きの御堂)の古さびた彩色彫刻も、負けず劣らず素晴らしい。案内板🅿️あり。2026/2/17