姫街道の歴史を歩こう!
姫街道 嵩山一里塚の特徴
東海道安間追分から分岐した姫街道の一里塚です。
本坂通りに位置する歴史的な名所として知られています。
江戸日本橋から73番目の地点にある重要な史跡です。
東海道安間追分から分岐して本坂通り(旧姫街道)としては9番目、江戸日本橋からでは73番目の嵩山一里塚です。左右の両塚が共に江戸時代当時からの現存なのは本坂通りの中でもこの1箇所のみです。他の一里塚は道路の拡幅によって撤去されたり、宅地や農地に転用されて失われたり。それに引き替えここは完全に山中で、下手に集落の近くになかったことで撤去の憂き目から逃れられたんでしょう。これからもずっと残ってくれると良いですね。『本坂通宿村大概帳』には「木立無之 但、左右之塚共嵩山地内」と書かれており、西塚・東塚共に塚木は無かったことが分かります。かなり詳しい説明板や、里程まで記した標注に、道標案内板まで設置されており、ここまで歩いてきて良かったと思わせてくれます。里程標注は正面に「嵩山一里塚」、左側面に「江戸ヨリ七十三里」、右側面に「御油ヨリ四里」記。説明板に書かれているように豊橋市の指定史跡なのは西塚のみのようですが、何故なんでしょうか。東塚とて全く同様に貴重だと思うのですが。道中には「姫街道 嵩山宿」の幟が複数箇所に立てられており、道も整備されていましたので、歩いていてもとても気持ちが良かったです。(。>ヮ<。)
| 名前 |
姫街道 嵩山一里塚 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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❶【参考 八名郡誌 大正15年】姫街道(本坂街道)(大正15年の書による)この一里塚は姫街道に接している。姫街道は浜松で東海道の本道を別れ、気賀、三ヶ日の二宿をすぎ本坂峠をこして、嵩山宿を通り、そして当古の渡船場を通り豊川にいき御湯宿に至って東海道に戻るという道である。名前は立派な「官道」であるが、その実は 道路が狭く路面が悪く、本坂峠の道などは勾配がきつすぎ、曲がりの数多く、荷車はとても通れず、人馬や駕籠の通行も結構難儀した、という。そのせいか、この街道は政府の御用道路ではあったが、産物の運送などにはほとんど利用されなかったという。