高石公園近く、歴史を感じる。
伽羅橋駅の特徴
周辺には高石市ゆかりの遺跡が点在しています。
2024年に高架工事が完了し、利便性アップです。
目の前の高石公園で、散歩を楽しめます。
香木の伽羅で出来た橋が有ったという何とも香しい名前。今は立て札があるのみ。少し香ったような気がした。遺構は高砂公園に移設されて保存されているらしい。
2024年4月6日に南海高師浜線の高架工事が終了し、伽羅橋-羽衣間の電車の行き来が出来るようになりました。久々に電車に乗りましたが景色も綺麗でした。伽羅橋駅前は以前は公園だったのですが、大きな自転車の駐輪場になってました。この駅でこのサイズの駐輪場が必要なのでしょうか……?今流行りの芝生がある駅前広場とまでは行かなくても、子供たちが遊べる公園なんかがあると良いですね。
小さい頃は読めなかった駅名。幅の狭い高架駅、ホームに上がるにも階段しかないが、いつ乗車しても乗降客のある駅でもある。駅改札はかなり前から無人化しており、駅の高架下の駅前商店街も店は開いておらず、侘しさが漂った。街中なのに、そうでない雰囲気もある不思議な駅。これから数年間は営業休止であるが、再開時には今の時代なりに近代化しているのだろうか。
南海高師浜線の中間駅。結構乗降客がある。訪ねた時には駅(線路下)周辺のお店は軒並み閉まっていました。
南海電車高師浜線の中間に有る高架1面一線の無人駅。第97代 後村上天皇の頃に有ったと言われる 南朝方のお寺 大雄寺の門前の橋板が高級木材の伽羅沈香で出来ていた事に由来し、南北朝の戦乱 石津の戦いで南朝方が敗戦して 大雄寺はなくなった様です。高師浜線開通時には 「ええしの町」として発展したようですが、現在は駅高架下のシャッター商店街が 時の流れを静かに語っています。
目の前に小さな公園、高石公園があります。昔はお寺だったようです。地元の清掃ボランティアが整備されており、とても綺麗です。小さな公園の向こうには、道路を挟んでキリスト教カトリックの教会があります。駅高架下には商店街がありますが、正月のため全て閉店でした。普段営業しているかは不明です。高架線上に建設されたため、2階にホーム、1階に改札があります。2018 Dec 2
| 名前 |
伽羅橋駅 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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周辺のオススメ
伽羅橋(きゃらばし)の駅自体は何の変哲もない高架駅ですが、周辺には高石市ゆかりの遺跡が数多くあります。まず伽羅橋の駅名の由来ですが、近くを流れる芦田川にかかる橋の名前から来ています。紀州街道の橋で、伽羅という香木で作られた木橋でした。やがて石橋に作り替えられ、今は臨海コンビナート内の高砂公園内に移設されています。現在は府道にかかる仇浪橋というコンクリート橋に姿を変えています。伽羅橋の街そのものも、昔は南海電鉄が分譲した伽羅橋園という高級住宅地でした。東京の田園調布のような放射状の街路に沿って邸宅が何軒も並んでいました。今も一部にはその名残が残っています。昔は大雄寺跡の石碑が伽羅橋駅の前に建っていました。大雄寺というのは南北朝時代(1336〜1392年)に存在した寺院です。浜寺から伽羅橋までの海岸沿いに寺院の伽藍が並んでいました。浜寺の地名の基になった大きなお寺でしたが、今はもうありません。石碑も駅から少し離れた市道沿いに移設されました。駅から北に歩いて数分の所に羽衣濱神社があります。大鳥大社の摂社で、境内には砂丘の遺跡や松林が残っています。昔はこの辺りまで大阪湾の海が迫っていました。羽衣の地名も浜寺公園内の名松に由来します。伽羅橋駅周辺には高石を代表する老舗メーカーの工場があります。カステラの銀装とお茶のつぼ市。この2つのメーカーが工場を構え、系列の喫茶店や直売店で工場の製品が買えます。南海高師浜線も大正時代に伽羅橋園や高師浜海水浴場への乗客輸送の為に敷かれました。終点の高師浜駅には駅舎が作られた当時のステンドグラスが今も保存されています。高石の市名もこの高師浜に由来します。同線は南海本線の羽衣から伽羅橋・高師浜に至る僅か2駅、全長約1.4キロの短い路線ですが、沿線には高石のエッセンスがギュッと詰まっています。