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『小櫃村史』によると、この脇を流れる御腹川には、「かつて壬申の乱で安房国へ逃げ延びてきた大友皇子(弘文天皇)が、天武天皇の追手に見つかり割腹した場所」云々の記述がありますが、この神社は大友皇子の随臣の一人、「長谷川紀伊」(はせがわのきい)なる人物を祀ったものだそうです。以下、大嶽神社再建碑より抜粋。『長谷川紀伊は、この地で自害した大友皇子と運命を共にし、群がる敵軍を前に天皇の正統を絶叫して腹一文字に掻捌き、その腸を川に投げ捨てて果てた。以来、川は御腹川と呼ばれる等、川に纏わる伝説と長谷川の地名誕生譚に通じる。』そのせいかこの旧小櫃村には長谷川姓の家が多く、所謂「本家」がまだ現存しているとのこと。興味があって更にしつこく調べたところ、私が参考にした『小櫃村史』にある記述の一部が、この本家由来の古文書なのだそうです。歴史好きな方は一度、「壬申の乱の顛末」に思いを馳せてみては如何でしょうか?