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追浜の歴史ある寺院「良心寺」墓地の一角に小田原北条氏時代に浦郷(追浜一帯)を治めた「朝倉能登守」の夫人の宝篋印塔が静かに建つ。塔の基礎部に「当寺建立、大旦主大慈院殿法誉良心大姉朝倉能登守奥天正十一年未六月十一日」と刻まれている。ただし、宝篋印塔自体の様式は江戸時代の特徴がみられる為、造立は江戸初期と目されている。そもそも、墓のある良心寺は能登守が夫人の菩提を弔う為に、荒廃していた曹洞宗の寺院を浄土宗に改め再興し、夫人の法号から「良心」を寺号に用いたのが始まりとされる。朝倉能登守は玉縄北条氏に仕え「玉縄十八人衆」の一人として数えられ『北条五代記』にも、その名が見てとれます。