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一見普通の植え込みのようでいて、古ければ中世に作られたと推定される塚です。頂上に立つ「庚申之碑」(1839)には、小田原北条氏の家臣、高橋(劉)氏高(1509~1597)がここに烏山城を築いた際、庚申堂はじめ3つの神祠を建てて城の守護神とした、と記されています。その庚申堂がこの塚の上にあったとは限りませんが、名残を今に伝えています。烏山城が実在したことの確証とされる遺構・遺物は、2023年現在まで確認されていないようです。しかし、1981年の調査では築城の伝承と同時期のものと推定される陶器片がこの塚の傍らから出土するなど、城がなかったとも言い切れないとされています(世田谷区遺跡調査会『烏山城烏山南原遺跡予備調査報告書』、世田谷区教育委員会、1981)。