新橋でD51動輪を感じよう!
鉄道唱歌の碑の特徴
新橋駅近くの記念碑で日本鉄道発祥の地を象徴します。
D51機関車の動輪が展示され、鉄道の歴史を感じられます。
鉄道唱歌が歌われる場所で、観光スポットとしても注目されています。
JR新橋駅の隣にある、鉄道唱歌の碑。こんな場所に、こんな所がある事は知りませんでした。珍しいですね。デカい車輪のオブジェクトが隣にあります。ゆりかもめの乗り換え方面にありました。
D51型蒸気機関車の動輪とともに設置されています。日本の鉄道発祥の地にふさわしい碑です。
SL広場と反対側にひっそりとある鉄道唱歌の碑、ここで待ち合わせして、忘年会の0次会で浜離宮のウォーキングに行きました。晴れてあまり風も無かったけど、日陰だと少し寒く感じられました。正面にはゆりかもめの新橋駅への昇り口、新橋駅の古さと新しさの接合点のような場所です。
鉄道唱歌の碑〒105-0004 東京都港区新橋2丁目17-14訪問日は、2024年8月18日。鉄道唱歌の碑とD51機関車の動輪が併せて設置されています。案内文には、双方の記述があります。過日、ここを待ち合わせ場所にしたら、みんなSL広場の方へ行ってしまうということがありました。ゆりかもめ駅の入口側の方なので注意が必要です。案内文を、テキスト起こしておきます。●鉄道唱歌の碑1957年(昭和32年)10月4日の鉄道開通85周年記念日に鉄道唱歌の作詞家、大和田建樹生誕100年を記念して新橋駅に建立されました。鉄道唱歌は、長い間私たちのために働いた鉄道を讃えるだけでなく、明治時代の文学者大和田建樹自身が実際に汽車に乗ってつぶさに日本国内を旅行した見聞録です。●D51機関車の動輪D51形機関車は1936年(昭和11年)に誕生した機関車です。10年間で1,115両と、日本のSLでは一形式で最多の両数が製造され、戦前・戦後を通じて全国各地で、主に貨物用として活躍しました。「デゴイチ」などの愛称で親しまれ、蒸気機関車の代名詞にもなり、1975年(昭和50年)のSL最後の運転まで重用され、使命を全うしました。展示されている動輪は、1976年(昭和51年)の総武・横須賀線乗り入れ記念として、北海道の札幌鉄道管理局から譲り受け、鉄道発祥の地である新橋駅に設置したものです。
🏣東京都港区新橋2-7ー16🚃🚇️…新橋駅下車徒歩1分程※JR 新橋駅の汐留口左側、出てゆりかもめにに向かう途中に有ります。D51機関車の動輪と鉄道唱歌の歌碑が有ります。D51 は日本のSL では最多の数が作られた『デゴイチ』の愛称で親しまれた機関車。※作詞は大和田建樹氏鉄道唱歌は明治時代末頃に作られ、全6集.374番まで有る日本一長い歌詞だったそうです。第一集.一番は東海道編で「汽笛一声新橋をはや我汽車は離れたり……」で、北陸.関西.北海道…等がある。もともとは『地理教育鐡道唱歌』として、子供の地理の学習のため作られた曲だったそうです。七五調の詞の中に沿線の地理.歴史.民話.伝説.名産品などを織り込んだ曲は鉄路に沿って歌われ人気を博し流行ったそうです。
ゆりかもめから飛び降りた勢いで撮影しました。勢い大事!鉄道開業85周年と「鉄道唱歌」を作詞した大和田建樹の生誕100周年を記念した碑なんだそうです。「鉄道唱歌」は全部で300番以上ある長い歌らしいです。D51の車輪と共に東口に鎮座する姿は様になってます。鉄輪の似合う町「新橋」ならではの風景だと思います。
新橋でJRからゆりかもめに乗り換える際に、必ず見かける位置にあります。明治期に鉄道が新橋と横浜間で開通されていますし、新橋は鉄道史を語る際には外せない場所なんでしょうね。徒歩数分の位置には鉄道歴史展示室もあるので、そんな目線の新橋散歩も楽しいかと思います。
| 名前 |
鉄道唱歌の碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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JR新橋駅汐留口にD51の動輪とともに置かれています。日本の鉄道の歴史は明治5年(1872年)に新橋~横浜間の開通がスタート。昭和32年(1957年)の鉄道開通85周年記念日に、『鉄道唱歌』の作詞家である大和田健樹生誕100周年を記念して建立されました。