飯田橋駅前、牛込橋の絶景を満喫!
牛込橋の特徴
飯田橋駅西口から近い牛込橋は立地が魅力です。
富士見と神楽坂の間にあり、散策に最適なスポットです。
牛込橋は東京都の観光名所として人気があります。
飯田橋駅前にある橋です。手前には江戸城の一部である石垣があります。
| 名前 |
牛込橋 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
〒102-0072 東京都千代田区飯田橋4丁目9−5 飯田橋駅 |
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牛込橋は、東京都千代田区富士見と新宿区神楽坂の間(JR飯田橋駅西口前)に位置します。江戸城外堀(外濠)の開削と同時に造られた歴史ある橋で、江戸時代の城郭防御システムである「牛込見附(牛込御門)」の一部として誕生し、現代にいたるまで交通の要所として機能し続けています。寛永13年(1636年)徳川幕府3代将軍・徳川家光による江戸城外堀の総構(そうがまえ)工事の一環として、阿波徳島藩主の蜂須賀忠英(はちすかただてる)によって造られました。橋の千代田区側には「牛込見附(牛込御門)」と呼ばれる枡形門(防御用の城門)が構えられていました。田安門から上州道(現在の早稲田通り)へと抜ける「江戸六口」の一つとして、重要な検問・警備の役割を担っていました。当時は木造の橋:防御上の理由(有事の際に落とす、火を放つなど)から、当時は木造の橋が架けられていました。「牛込(うしごめ)」という名は、新宿区側の台地に小田原北条氏の家臣である牛込氏の「牛込城」があったことや、古くから牛の牧場があったことに由来します。橋ができる前、外堀一帯は深い谷の草原で、千代田区側は「番町方」、新宿区側は「牛込方」と呼ばれる武家屋敷街でした。明治4年(1871年)に牛込御門が撤去され、明治35年(1902年)には周辺の道路拡張や交通量増加に伴い、大部分の石垣が撤去されました。明治28年(1895年)、橋の新宿区側に甲武鉄道(現在のJR中央・総武線)の「牛込駅」が開業しました。これをきっかけに、橋の西詰から続く「神楽坂」は商店街や花街として急速に発展し、「山の手銀座」と呼ばれる大繁華街へ変わっていきました。平成8年(1996年)老朽化や災害への対策として幾度も架け替えが行われ、現在の長さ46m、幅15mの鋼橋へとリニューアルされました。現在の橋の親柱(橋の端にある柱)には、江戸城の隅櫓(すみやぐら)を模した飾りが施されています。また、橋の歩道や舗装路面には、かつての牛込御門の石垣をイメージした紋様がデザインされています。