伊能忠敬の足跡、石碑訪問。
伊能忠敬住居跡石碑の特徴
石柱の4面には詳しい説明書きが施されています。
駅から数分の距離でアクセスが良好です。
伊能忠敬が住んでいた場所に石碑が建てられています。
隠居して千葉から出てきた伊能忠敬が住んでいた場所に石碑が建立されています。遠出の測量の折にお詣りした富岡八幡宮には伊能忠敬の銅像が建てられています。また、お墓も台東区源空寺にあり、師匠の高橋至時のお墓近くに建てられています。石碑の四面には以下のような文字が刻まれています。道路側の面に刻まれた文字が読みにくいのでネットで調べました。車通りの多い路ですが、歩いていると歴史の一幕に出会うこともあります。「伊能忠敬は千葉県に生れ江戸にでて高橋東岡(高橋至時)に測量術を学び寛政7年(1795)幕府の命をうけて全国を測量し沿海路程図を完成した。その測量の原点は伊能忠敬の居宅であった。伊能忠敬ははじめこの付近にすみのち中央区八丁堀にうつり正確な地図を完成した。伊能忠敬は文政元年(1818)4月13日74歳をもって死去し台東区源空寺に葬られている。 昭和43年(1968)10月1日 江東区第21号」
石柱の4面に説明書きがあるため、車道側は読みにくいです。くれぐれも車道に出る時は周囲に気を付けてください。
| 名前 |
伊能忠敬住居跡石碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
Just a few minutes' walk from Monzen-Nakacho Station. You can see a small stone monument marking the site of Inō Tadataka's former residence. He was a famous Japanese surveyor and cartographer who created highly accurate maps of Japan during the Edo period.