小島地蔵と田園の信仰。
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| 名前 |
小島親子地蔵 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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【小島親子地蔵尊由来】和田村から般若村に向う旧道の東側、田園の上高台に小島地蔵が祭られ、この地の人々の信仰を集めていた。和田村の口碑によると、寛文年間(1661-1673)和田勝佐村でキリシタン狩りがあり、当地の小島で取り押さえられたキリシタンの親子が役人の手で仲を裂かれ、泣別れた地だと言う。後にこの宗徒親子を供養するため、小島に地蔵様が立てられた。また一説にはこの親子は遠く九州天草から流れてきた宗徒だったとも伝えられている。親子はこの地に土着したものの、役人の手で捕縛され、子供は病床に倒れた。その子は間もなく不帰の客となったが、死に臨んで「子供の守り神になろう」と言い残したという。後世、地元の人たちは親子地蔵様を祭り、キリシタンの菩提を弔ってきた。しかしながら近年ではお堂は老朽化、またお堂の前に拝堂がある為、お地蔵様のお姿が見えない為にお参りする人もいなくなった。そこでお地蔵様を和田霊園墓地に移し、お姿が皆に見えるようにした。「子供の夜泣きに霊験あらたか」と言われている。【メモ】お地蔵様がお祀りされていたお堂は北に600m程(和田町中21)にある。