洲崎川緑道公園の由来を知る!
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| 名前 |
洲崎川緑道公園の由来 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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洲崎川緑道公園の由来の石板です。---州崎川緑道公園は、東陽二丁目の南陽小学校脇から大横川南支川の合流点まで、約六百五十メートル、平均幅十八メートルの一級河川州崎川を埋め立て造成したものである。河川州崎川を囲む地域は、江戸時代、この辺に位置する地域は、江戸湊から東京湾一帯が望見できた明媚な海岸線で、釣り、潮干狩、月見、船遊びなどで賑わった観光地であったが、寛政三年(一七九一年)の大津波により……その後、明治十九年の大津波により町並みが整備され、再び繁栄をきわめたのであった。州崎川は、その時造られた運河である。以後、沿岸の工場、倉庫地帯の舟運路として利用されてきたものの、道路網の発達による舟運の衰退、さらに長年の地盤沈下、水質汚濁等で河川の機能が低下する一方であった。そこで、地域住民からの埋立、都市緑化の要望が……東京都は昭和四十九年十二月をもって、都市計画道路歩行者自転車道第〇号線として計画決定し、昭和五十年七月工事に着手した。