山中で見つけた防空監視哨跡。
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| 名前 |
三倉防空監視哨跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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陸軍浜松防空監視隊三倉防空監視哨跡訪問日 2026/5/16以前から、一度見てみたいと思って近隣の山中を這いずり廻って来ましたが、やっと目的の場所が解りました😀防空監視所という事だったので、見晴らしの良い山頂付近だとばかり思っていたので、まさか中腹付近とは!?それと、以前別の方が投稿していた場所が反対側の山で誤った情報に踊らされた形です。とにかく防空監視哨跡ですが、情報通り赤レンガとコンクリート製の聴音壕と造成された平場には当時の建物跡の基礎部分が残っていました。聴音壕の二重に積まれた赤レンガの構造が見られた事に感動しました😭他県では戦時中の貴重な遺構として重要文化財に指定している所が多い施設跡なのですが、森町では史跡指定はされていないと思われます。歴史的に価値の高い遺構なので、せめて現状の維持と保存をしてくれると良いのにな〜。「三倉防空監視哨」みくらぼうくうかんししょうかつて大日本帝国陸軍の防空監視隊が接近する敵機を遠方から発見•通報する為に設置した軍事施設。太平洋戦争の開戦以降に各地に設置されました。防空法に基づき、上空に接近する敵の飛行機の種類や方角を音で聞き分け、防空本部へ迅速に報告する任務を行っていました。隊員は、主に近隣の青年学校の生徒や教官が任務に就いて、厳しい監視体制が敷かれていました。『浜松防空監視隊』防空監視隊令によって県下の、下田•沼津•静岡とともに浜松にも防空監視隊本部が設けられたのは、昭和16年12月であった。【浜松警察】これは、昭和13年に防空法(12年制定)により県下各地に設けられた防空監視哨が、浜松では浜松警察署に設置されていたのが(県下一連番号で第十三番浜松監視哨と称した)、機構改革によって改称されたものであった。遠江国全域を監視地域とし、御前崎•川崎•金谷•池新田•三倉•掛川•森•渋川•横須賀•豊浜•見付•掛塚•小野口•新津•舞阪•新居•三ヶ日•気賀•二俣•竜山•山香•水窪•気多に分哨を置いた。【隊員 男子】監視隊長は浜松署の次席警部、副隊長には青年学校教練担当教官が任じられ、監視隊員は市内青年学校の男子生徒があたった。一班を40名とし5班より成り、一昼夜勤務で交代、情況は電話で中部軍指令部など各枢要方面へ報告する決まりであった。【女子】しかし、戦局が悪化し男子が兵力増強に廻されると、昭和18年9月より25歳未満の未婚女子(200名)が動員され代わって勤務する事になった。これら女子防空監視隊員は昭和20年5月19日につづく6月18日の空襲にも、職場を離れることなく情報連絡に挺身し職務を全うしたという。「聴音壕の構造」※内務省型哨舎半地下式の二重レンガ造りで、内径約3m•深さ約2mの円筒形壕の上に丸柱で支えられた茅葺きや板葺きの屋根となっていた。上空の敵機の音を拾う為に使用され、壕の床には4方向に監視檀が設けられていた。1943年(昭和18年)の土木学会誌において、全国の監視施設の約3分の1を占める標準規格として紹介されています。