江戸城外堀跡で歴史探訪!
江戸城外堀跡 赤坂御門の特徴
国道246号線沿いに位置し、石垣が見応え十分なスポットです。
江戸城外堀跡には詳細な説明があり、学びの場としても最適です。
地下鉄南北線の出口から近く、視覚的な発見に満ちています。
2026年4月ウオーキング協会の例会の際、通りました。案内板によると、赤坂門は1636年(寛永13年)に、筑前福岡藩(現在の福岡県)の藩主である黒田忠之により築造されました。門の名称は、外側の赤坂を監視することから名づけられました。この門は脇往還のひとつ矢倉沢往還(大山街道)の出発点となっており、大山阿夫利神社(神奈川県伊勢原市)や大雄山最乗寺(神奈川県南足柄市)を参詣する江戸の人々で賑わいました。櫓などの建築部分は1871年(明治4年)に撤去され、石垣も明治30年代に撤去されました。赤坂見附から牛込橋にいたる堀や土手の遺構は、1956年(昭和31年)3月26日に、江戸城外堀跡として国指定史跡に、文化財指定されています。
地下鉄南北線出口9aから坂降りてく途中に遭遇する看板よくよく見ると石垣あるね👀お堀か!江戸の名残に会える場所♥️
江戸城を守る主要な城門「江戸城三十六見附」のひとつです。見附とは主に城の外郭に位置し、外敵の侵攻、侵入を発見するために設けられた見張り付きの城門のことで、江戸城には外濠および内濠に沿って36の見附があったとされています。赤坂見附はそのうちのひとつで、他に現在に名を残すものとしては四谷見附、市谷見附などがあります。ここには、かつて赤坂側からの江戸城への入り口である赤坂御門があり、見附が設けられていました。門の北西に弁慶堀、南東に溜池(埋め立てにより消滅)が水を湛えていたといいます。江戸時代、神奈川県大山に参詣する際の大山道の出発点でもあったので、賑わっていたといわれています。1636(寛永13)年に福岡藩の初代藩主黒田忠之らによって枡形石垣が築造され、1639(寛永16)年御門普請奉行加藤正直・小川安則によって門が完成。2つの門が直角に配置された「桝形門」の形式がとられました。同じ形式として田安門、清水門があります。明治時代以降、門は撤廃され、石垣も大部分が撤去されましたが、平成3年に帝都高速度交通営団による地下鉄7号線建設工事に伴う発掘調査によって地中の石垣が発見されました。現在、この石垣の下には、発掘調査によって発見された石垣が現状保存されています。この赤坂見附から牛込橋にいたる堀や土手の貴重な遺構は、江戸城外堀跡として国の史跡に指定されています。赤坂見附交差点は国道246号(大山道)と外堀通りの交点となっています。
江戸時代にあった見張り番所、見附の一つ。枡形の門がありましたが、道路拡張で取り壊され、石垣の一部が残っています。
永田町駅9a出口の地上にある江戸城外堀跡 赤坂御門の案内板です。赤坂見附門跡の案内板がすぐ横にあります。---赤坂御門は、江戸城の外堀に設けられた城門の一つです。「見附」とは、城門を警備・監視する場所のことです。赤坂側から江戸城内へ入る重要な入口だったため、ここに 赤坂見附 が置かれました。千代田区の説明では、赤坂門は 1636年、寛永13年 に筑前福岡藩主 黒田忠之 により築造されました。門の名称は、外側の赤坂を監視することに由来するとされています。赤坂御門は、単なる門ではなく、枡形門(ますがたもん) という防御性の高い構造でした。枡形門とは、門を二重に設け、侵入者が直進できないように直角に曲がらせる構造です。敵が入ってきても、石垣や櫓から囲い込んで攻撃できるようにした仕組みです。赤坂御門では、まず 1636年に枡形石垣が築かれ、1639年、寛永16年に門が完成 したと説明されています。江戸城外堀は、江戸城の外周を守る大規模な防衛施設です。城だけでなく、城下町全体を囲う 惣構え の一部として整備されました。外堀は寛永13年、1636年に、全国の大名による 天下普請 によって構築されたと説明されています。赤坂見附から牛込橋に至る堀や土手の遺構は、1956年、昭和31年3月26日 に 「江戸城外堀跡」 として国指定史跡になっています。赤坂御門の建物、つまり櫓などは、1871年、明治4年 に撤去されました。さらに石垣も明治30年代に多くが撤去されています。そのため、現在残っているのは、門そのものではなく、石垣の一部や外堀の地形的な痕跡 です。赤坂見附駅周辺で見える石垣が、その貴重な遺構です。
しっかりと残っていますし、説明も詳細が書かれていて勉強になります。
国道246号線を赤坂見附から平河町に向かう途中に石垣がある。ここはかつて江戸城の赤坂門があったところ。外堀があったところでもある。その石垣の一部が残されている。そこに説明板がある。その石垣の後ろはかつて赤坂プリンスホテルがあったところで現在は別の建物になっている。門の道路を挟んだ向かい側には衆議院議長公邸がある。当時この門は見附でもあった。赤坂見附という名は今も残っている。
| 名前 |
江戸城外堀跡 赤坂御門 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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上は公園のようになっていてとても史跡には見えませんでしたが、下に降りてみると立派な石垣である事を確認できます。時代に合った現存の仕方が〇。