浅間山公園で特別なひとときを。
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| 名前 |
浅間山公園(飛地・児童公園) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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都立公園である「浅間山(せんげんやま)公園」の一部です。だから、この飛び地の児童公園も都立公園です。ここの浅間山は、標高79.6Mの山で、戦前は陸軍の貯蔵施設でしたが、戦後払い下げられ、1970年に「東京都立浅間山公園」になりました。周囲の麓が標高50M程なので、約30Mほどの高低差のある山です。浅間山は、東側より、堂山(どうやま:標高79.6M)、中山(なかやま:標高74M)、前山(まえやま:標高72.8M)から構成されます。「浅間山公園」は浅間山のこれらの部分と、その飛び地の公園を含みます。「浅間山」は、この飛び地の児童公園の北側にある府中市の市道である「浅間山通り」の「東側の山(堂山の一部)」も含まれ、合わせて管理されており、その周辺は多磨霊園です。明治時代の地図を見ると「浅間山通り」は、その後、削られてできた道路であり、当時ここが連続した普通の山だったことがわかります。ところで、地形学的に言うと、「武蔵野台地で目立った高低差のあるところ」は、多摩丘陵、狭山丘陵等の丘陵部を除くと、「国分寺崖線(がいせん:ガケの連続する線のこと。)」と「立川崖線」、そして、ココの「浅間山」くらいです。人工衛星の地形画像だと ここだけ突出して盛り上がった浅間山が 異様に際立って見えます。人工衛星の画像をよく見ると、浅間山の上記の部分がボコっと盛り上がっているのが見えますが、「その他にも盛り上がったところ」が散見できます。それは、東から、①府中10小の北側から立正院辺りまでの住宅地と、②常久寺や大長寺のある辺り、③人見稲荷神社の部分(この飛び地の児童公園のすぐ南隣りにあり、屋代のところだけが、ピンポイントで盛り上がっている。)のみが盛り上がっているのがわかります。浅間山の南側の部分で、明治大学のグランドになっているところは、明治時代の地図を見ると盛り上がって山になっているのがわかります。現在のグランド自体が地面に掘り込まれた(彫りこまれた)かたちの造りになってます。だから、むかしの浅間山は、全体からするともっと丸っこい格好をしていました。浅間山の現在の盛り上がりの部分から連続して続いており、この部分は、戦前に平らに削り取られてしまいました。そして、その盛り上がっていた(削り取られた)部分の先端が、人見稲荷神社の屋代のところまで続いていたのです。人見稲荷神社の屋代の部分は、屋代建設のために盛り土をしたわけではありません。なお、中山と前山の中間付近も、戦前に削られてへこみ、微妙に谷ができているのがわかります。上記の①②③の部分や、今の明治大学のグランドの部分等も、本来なら浅間山の一部だと言えます。