歴史を感じる富士浅間宮。
遠江國三之宮 冨士浅間宮の特徴
遠江三宮として知られる由緒ある神社です。
400年前の白木の楠材で貴重な本殿があります。
重要文化財に指定された本殿が改築中です。
頻繁に来ています、境内社多し、詳しくは日本書紀、古事記を参照してください、看板は見逃してはなりませんね。
遠江国三之宮 富士浅間宮鎮座地 袋井市国本964訪問日 2023/12/25富士浅間宮は、今から1.200年前の大同年間(806~810年)に征夷大将軍の坂上田村麻呂によって、山名神社として建立されました。天正年間(1573~1592年)には、武田の兵火によって焼失しますが、天正18年(1590年)に地頭の本間源三郎が再建し、寛永15年(1638年)に久野城主•北条氏重によって現在の場所へ移築されました。本殿は、室町時代の特色を示す「三間社流造、桧皮葺き」で桃山時代に建立されたものです。屋根は檜皮で葺かれ、前面が長く延びた流造(ながれづくり)と呼ばれるものです。クス材を白木で用い、いかにも神社らしい優美で厳かな姿です。棟札によれば、天正18年(1590年)建立。間口•奥行ともに、4.1m国の重要文化財。(昭和25年8月29日指定)
坂上田村麻呂の創建と伝え、遠江三宮とも称せられる由緒ある古社です。延喜式内、山名神社、あるいは郡邊(こおりべ)神社の候補に擬せされることもあります。ちなみに、遠江一宮は森町の小国神社、あるいは掛川市の事任(ことのまま)神社。二宮は磐田市の鹿苑神社。丘陵の中腹には鬱蒼とした社叢が広がり、楼門後や鐘撞堂の跡にかつての繁栄をしのぶことができます。天正年間に建立された檜皮葺の本殿は、桃山時代の雄大な建築様式を今に伝える国の重要文化財。塀越しに眺めることになりますが、白木の簡素で厳かな姿をぜひじっくり堪能してください。私が訪問したのは、ある休日の午後。社務所は無人で御朱印をいただくことはできませんでした。ですが、風の音と鳥のさえずりしか耳に入らない、ぜいたくな時間を過ごしました。さて、一帯の地名を不入斗(ふにゅうと)といいます。かつてはいりやまず、あるいはいりよまずと読み、中世には「不入計」と表記されてました。南北朝時代の建武2(1335)年に、足利直義が神領を寄進した文書にも「不入計」と記されています。中世、袋井市の東から掛川市にかけての山名郡には、山名荘という荘園がひろがっていたと推測されています。(『袋井市史』による。)いりやまず、という珍しい地名の由来は浅間社の神領であるがゆえに荘園領主、あるいは国衙の年貢の計算に入らない、という意味であろうと『掛川誌稿』などは解しています。名将、坂上田村麻呂の創建という由来にあやかってか、足利直義ばかりでなく兄尊氏や、駿河守護の今川泰範も当社に寄進を行い、本堂も地元の武士、本間氏が再建したとの棟札が伝わっています。ちなみに、戦国時代に兵火にかかったとの伝承もありますが、火を放ったのは例によって武田信玄(笑)。もちろん、疑わしいのですが。さらに余談になりますが、掛川市にも「入山瀬」という地名があり、こちらもかつては「いりよまず」と読んだとも。小笠神社の神領ではなかったかとも推測されています。
社務所は閉まっており誰もいませんでした。連絡先が記載されている掲示物等もありませんでした。
本殿は重要文化財です。歴史は古いようで、大きな神社だったことが分かります。今は住宅地の裏手にひっそりと佇んでいますが、その昔台風で倒れてしまった楼門の礎石が残っています。どんな楼門だったのだろうか?と想像しながら境内を回るのが良いでしょう。ちと上級者向けですね。
美の神様です!
旧東海道に大きな赤鳥居があり、北に歩を進め、国道1号線、東名高速を跨ぎ、くぐると石段が現れる。(真っ直ぐ登ると右に折れて鳥居が現れる)車の場合さらに来た道を登ると拝殿脇に駐車場があり、下って登るという手間が省ける。どちらから登っても西へ進めば原川浅間宮もある。本殿は三間流造(さんげんながれづくり)と呼ばれる優雅な造りで桃山時代に創建。国の重要文化財にも指定されている。とはいえ過去三度の参拝で社務所の方も含め人とお会いした事がない。規模を考えたら知名度が低い。単純にアナウンス不足だと思う。
重要文化財の本殿の屋根は富士山を意識したものか。反りが素晴らしい。
本殿正面から見て左手側面の欄干の一部が長い年月がたっている事で節が盛り上がり竹のように見えました。1キロ離れた所にある赤鳥居の頭の部分が見えますよ。(本殿前の開けた所から、スマホやカメラの望遠を使えば見えます。)檜皮葺の美しい屋根の色、楠の白木(総作りではないですが)の木目のつまった木肌の重厚といい風情があります。
| 名前 |
遠江國三之宮 冨士浅間宮 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0538-42-3774 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP |
http://www.shizuoka-jinjacho.or.jp/shokai/jinja.php?id=4411016 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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富士浅間宮(ふじせんげんぐう)。静岡県袋井市国本。式内社(小)郡辺神社(コホリヘノ)の論社、旧郷社。主祭神:木花開耶姫命資料によると、人皇50代稲武天皇の大同2年坂上田村麿将軍東夷征伐のおり浅間大神も神力に依り賊を征服され給いし、其の神恩に報い奉らむと富士の大神を此に迎へられ、社殿を作り創祀された。元亀3年頃戦乱の兵火に罹り社中の健造物悉く灰燼に帰し以来社頭の再建始まり天正18年2月より御本殿再建天正18年7月9日竣功地頭本間源三郎重兼建立の棟札あり。式内社(小)山名神社(ヤマナノ)の論社『式内社調査報告』は山名神社を「もし山名神社の位置を推定するならば、山名は山無ではなく山の名そのものを示すといふことであるから、小笠山山麓か宇刈丘陵のどこか(たとへば最近発見された官衙跡ではないかと言はれてゐる「坂尻遺跡」の北方にる富士浅聞神社などが考へられる)に求めるのがよいのではなからうか。そこは山名郡の中心的な所で山名郷に属してゐたと思はれるからである。」としている。とあります。