八重洲に息づくヤン・ヨーステンの歴史。
ヤン・ヨーステン記念像の特徴
日本の外交史に名を刻むオランダ人の足跡を感じられます。
八重洲の地名の由来を語る歴史的な記念像です。
ヤン・ヨーステンはオランダから漂着し、家康に重用された人物です。
話題になった米ドラマ『将軍』に出てくる三浦按針とともに日本に漂着したオランダ船の船長ヤン・ヨーステンは按針とともに家康の寵愛を受けた人です。ちょっと見つけにくい場所にありますが、気になる人は見に行ってみると面白いと思います。東京駅の改札を出て地下通路を南に進むと地下通路内にあります。
2017.11.012017.06.05ご存知の方も多いと思いますが、こちら、オランダのヤン・ヨーステンさん説明書きによると、家康の信任厚く、外交や貿易の進言役に抜擢されたんだそうです。のちに、ヨーステンさんが住んでいたこの地域を、八代洲河岸と呼ぶようになり、それが八重洲と変化していったそうです。ヤン・ヨーステンこそが、八重洲の語源だったんです。八重洲の地下街でこの記念像を見つけてみてください。
ヤン・ヨーステンはオランダ船のリーフデ号で日本に漂着したものの、徳川家康に気に入られてその後に外交顧問として活躍したオランダ人です。今の皇居外苑辺りに家を与えられた名残から、この辺りが八重洲と呼ばれるようになりました。ヤエチカの外堀地下1番通りにあり、ラーメン「游亀亭」の横にひっそりと佇んでいます。ヤエチカの季節イベントの時期にいくと、銅像がコスプレしてたり、ヤン・ヨーステンのイラストが地下街にマッピングされており、今も尚愛されていることが伺えます。
八重洲の由来となったオランダ人です。游亀亭というラーメン屋さんの隣にいます。
ヤエチカにある八重洲の地名の元となったオランダ人の像です。テレビでも時々取り上げられるので、由来自体は知っている人も多いでしょう。現地説明書によると、徳川家康の通訳として重宝され、外交や貿易にも助言したという。ヤエチカ自体広い上、記憶にある限り案内表示も見かけないので、先日通りすがって初めて存在を知りました。それにしても夜に見たらホラーでしかないフォルムです。必見というほどではないが、ヤエチカに来てふと思い出したら訪れてみましょう。
オランダのロッテルダムから、アフリカのロペス岬、そして南アメリカの一番下のマゼラン海峡を渡って、ハワイを経由、そしてはるばる日本の大分県臼杵にたどり着いて、八重洲を作ってくれたことに感謝いたします。旭川ラーメン屋のとなり。
八重洲の元ネタ。家康によって雇われたオランダ人。八重洲は彼ヤンヨーステンの屋敷があったことに由来。像は駅を背中にヤエチカを進み右方向、游亀亭、俺のイタリアンに挟まれている。左方向にも説明板がある。
| 名前 |
ヤン・ヨーステン記念像 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
〒104-0028 東京都中央区八重洲2丁目1−1 地下1階 ヤエチカ |
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