大河ドラマで盛り上がる比企一族の館。
金剛寺 (川島町)の特徴
大河ドラマ鎌倉殿の13人の舞台、歴史を感じるスポットです。
比企一族の館跡を訪れると、歴史の深さに驚かされます。
比企則員が中興した寺院、御朱印もいただける場所です。
比企尼や比企能員等、今年の大河ドラマで話題になっている比企一族の館の跡です。
鎌倉殿の13人に因んで訪れました。江戸時代の比企一族のお墓があります。比企の乱を乗り越え、子孫が未だに残っていることが感慨深いです。
『鎌倉殿の13人』に出てくる比企氏縁のお寺らしいんですが、比企能員のお墓は鎌倉にあり、比企氏でも江戸期の人らしくて、あんまり関係ないような。それと道が狭いです。本堂脇の駐車場に止めれば良いですが、参道側は車がすれ違いできません。古いお堂や鐘楼など雰囲気は良いです。歴代墓地の途中に浅い堀があって、これが館跡の遺構でしょうか。
大河ドラマ、鎌倉殿の13人で幟もたっていて盛り上がっています❗️
鎌倉殿の13人で話題の場所です!比企尼をはじめ、比企一族の歴史を感じることができます。枝垂れ桜と鐘つき堂も雰囲気があります!
来年の大河ドラマに登場する比企氏の史跡を訪れました。寺の入口はすぐ判りましたが比企氏の墓の場所が見つからずウロチョロしていたら住職らしき?人が居て教えてくれました。到着寸前にナビが指示する道幅があまりにも狭かったので一度通り過ぎてしまいました。ナビの指示はやはり正しいです(笑)
2021/6/5鎌倉初期の名家比企氏の後裔の居館があった。比企一族の墓の手前には堀があるが、これは墓に権威を持たせるためだろうか。
御朱印いただきました。お茶までだしていただきありがとうございました。すごく暑かったので美味しかったです。今度の大河ドラマに出てくる武将の菩提寺でありびっくりしました。
魅力度に欠ける。
| 名前 |
金剛寺 (川島町) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
049-297-5695 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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鎌倉時代初期の比企能員の史跡は、東松山市岩殿付近に集中しています。また、東松山市大谷付近にもあります。比企氏の乱以後、比企氏は続いて天正18年(1590)に松山城の守備を担当したと思われます。金剛寺の木造阿弥陀如来像の案内板に比企氏の記述があります。(略)天正年間に比企左馬助則員が中興したと伝えられる。則員の墓地は境内にあり、法名を正徳元光大禅定門(元和2年3月19日卒―1617)と称する。本尊阿弥陀如来は、則員の父政員の持仏として、古くは境内の阿弥陀堂に安置されていたが、後に本堂に遷座したものである。(略)大日堂に案内板があります。比企氏と歴代墓地東鑑によると、わが郷土出身の武将比企藤四郎能員は、一族とともに北条氏に滅亡される。(比企氏の乱 建仁3年9月2日 西暦1203年)能員は、娘「若狭局」を2代将軍源頼家に嫁がせ、その子一幡が生まれてからは、北条時政、政子らと対立して権勢を誇っていたものと思われる。能員、時員親子の墓は、鎌倉市比企ヶ谷・日蓮宗妙本寺にあるが、その後数代を経て天正の頃より、当寺一帯を館とし、住居を構えるようになる。すなわち政員(清月金剛大禅定門 天正3年8月14日没 西暦1575)、則員(正徳元光大禅定門 元和2年3月19日卒 西暦1616)、義久、重員、稚久、以降である。なお、位牌堂(大日堂)天井の竜にまつわる伝説がある。清月元光院 金剛寺。