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明治政府による転封によって、主君井上正直は浜松から鶴舞に移ることになり、高祖父の與五郎も主君に従ってこの地に移り住みました。明治32年、嗣子索次が長野県上水内郡芹田村(現 長野市)の小学校に校長として赴任すろことになり、一家で芹田村稲葉2276番地に転居します。転居前の住所が、鶴舞町鶴舞853番地となっているので、廃藩置県後も、この付近に住んでいたと思われます。