江戸から学ぶ西洋知識の源。
蕃書調所跡(東京都指定旧跡)の特徴
外交・軍事強化のための洋書翻訳を行っていました。
江戸幕府が設立した洋学研究の拠点がここにあります。
蕃書調所跡は1856年に設立された歴史的施設です。
1856年に江戸幕府が設立した洋学研究・教育機関で、ペリー来航後の外交・軍事強化を目的とし、洋書の翻訳、外国語教育、出版を行いました。この学問施設が名前を変えて、現在の東京大学になりました。現在は戦争の労苦を伝える昭和館という博物館があります。
蕃書調所は1856年(安政3年)、江戸幕府によって西洋の書籍を解読し海外事情を調査するための組織として設立されました。幕臣・諸藩の家臣らに対し英語や西洋の文物を教育する機能も加わり、幕府官立学校としての位置づけが与えられました。内部に置かれた画学局では、高橋由一をはじめとして明治期に活躍した西洋画家たちも学んでいます。後に神田一ツ橋通りに移転し、洋書調所、開成所と改称しています。幕府の崩壊に伴い閉鎖されますが、明治政府による開成学校として生まれ変わりました。 和泉橋(現在の神田和泉町) にあった医学校と統合され、東京大学の前身となりました。
安政3(1856)年に西洋の書籍や情報を研究するための施設を設立。明治時代には開成学校と改称し、和泉にあった医学校と統合して帝國大學(後の東京大学)を設立するに至った。※ここもGoogleマップにより何回も登録と消滅を繰り返している。
| 名前 |
蕃書調所跡(東京都指定旧跡) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
説明板のみ。