歴史を感じる関所跡の思い出。
「栗橋関所址」碑の特徴
河川敷工事による移設で歴史を感じる場所です。
現在も発掘調査中で、貴重な遺跡が存在します。
石碑と説明看板があり、歴史の深みを伝えています。
日光街道の歩き旅の途中に立ち寄りました。日光街道が利根川を越える要所に置かれた関所。
関所にはいろいろな人情ドラマがあったとかなかったとか。
五街道の一つ日光道中の栗橋宿には利根川を渡る房川渡(ぼうせんわたし)が設けられると共に、道中唯一の関所が設置されました。現在は「栗橋関所」と呼ばれていますが、江戸時代は栗橋と対岸中田(なかだ)(茨城県古河市)とを結ぶ渡船場の名称をとり、「房川渡中田御関所」と呼ばれていたそうです。江戸時代の関所は、「入鉄砲(いりでっぽう)に出女(でおんな)」と呼ばれるように、武器の流通を監視し、江戸府内に人質として住まわせた諸大名の妻子の逃亡を取り締まるのが主な役割でした。久喜市の資料に拠りますと栗橋関所では、常時4家の番士が交代で関所に勤務し、任務にあたっていたそう。関所は、明治2年(1869)に廃止。その後大正13年(1924)に利根川橋の開通を記念してここにある「栗橋関所址」碑が建てられました。なお、関所跡地は利根川の改修工事により、現在は河川敷内となり、遺構等は残されていないそうです。
関所跡の石碑です。近くに八坂神社があります。
もともとこの場所ではなく移築されたらしい。
河川敷の工事のため移設されていました。前回来たときには本来の関所跡を探してしまったため見つけられませんでしたが関所跡、で検索してみると移設されていることがわかり今回は無事にたどり着きました。
現在は、スーパー堤防工事中の為100%見学する事が出来ません😅
工事の連続でこの地に落ち着いた記念碑です。
重要な関所があった町、番士の住居跡、宿場町と歴史を感じる町です。
| 名前 |
「栗橋関所址」碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0480-22-5555 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP |
http://www.city.kuki.lg.jp/miryoku/rekishi_bunkazai/rekishi_dayori/rekishi16.html |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
日光街道にはこのような立派な碑はあまりありません。また、近くにあるはずの本陣跡も開発のためかありません。