滝山城南側の歴史散策!
三の丸の特徴
滝山城南側の入口からアクセスしやすく、便利な立地です。
三の丸は千畳敷の東側に位置する重要な城跡です。
小宮曲輪の東側にある曲輪からの絶景は魅力的です。
ここまでが登りでした。ここからは多少の起伏はありますが、尾根を進みます。左右の一段低いところに平坦な曲輪があります。
滝山城南側の入口から入ったら最初に現れた城跡でした。三方が空堀になっています。かなり埋もれてしまったであろう現在でもその深さが15mもあるとのことで、当時はもっと深かったはずですから、その堅牢な守りが容易に想像できます。あの武田軍が1569年にこちらを突破するのにどれほど手こずったのか、想像に難くないです。ただし落城の危機に瀕した城を攻めるのをやめて小田原に向かった信玄軍の真意はわかっていません。このあと北条氏照は滝山城の弱点と甲州口の重要性を感じて八王子城の築城を計画したと言われています。
| 名前 |
三の丸 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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滝山城跡の三の丸は、城の南側寄り、千畳敷の東側、小宮曲輪の東側に位置する曲輪です。滝山城の中心部である本丸や中の丸から見ると外側にあたり、大手側から城内へ侵入しようとする敵を食い止める重要な防御空間の一つでした。三の丸へ向かうには、南側から天野坂を上って城内へ進みます。この周辺には、敵の侵入を容易にさせないための複雑な虎口が設けられていました。特に注目したいのが、三の丸周辺の枡形虎口です。枡形虎口とは、出入口を直線にせず、四角形の空間を挟むように折れ曲がらせた防御施設です。攻め手は一度に大勢が城内へ入り込むことができず、進路を曲げられて動きが制限されます。その間に城兵は正面や側面から攻撃することができました。三の丸の周辺には土塁や空堀も設けられており、単独で敵を防ぐのではなく、周囲の曲輪と連携して防御する構造になっています。特に隣接する小宮曲輪との位置関係を見ると、この一帯が大手側から城の内部へ向かう敵を段階的に食い止める防御線として機能していたことが分かります。また、城郭の構造を見る際には「横矢(よこや)」にも注目です。これは、敵が正面から攻めてくるのを待つのではなく、曲輪や土塁、堀などの配置を利用して、敵の側面を攻撃できるようにする仕掛けです。三の丸周辺でも、敵の進路を制限しながら複数の方向から攻撃できるよう工夫された縄張りを見ることができます。滝山城では、本丸や中の丸だけが重要だったわけではありません。大手側に配置された三の丸や小宮曲輪などの外側の曲輪が敵の侵入を食い止め、その先にある主要な曲輪を守るという、幾重にも重なる防御構造が築かれていました。現在の三の丸は樹木に囲まれた静かな空間ですが、周囲の土塁や空堀、虎口の位置を意識して歩くと、ここが単なる広場ではなく、城の防御を担った重要な場所だったことが見えてきます。三の丸を訪れたら、ぜひ「大手口から攻めてきた敵は、ここを突破した後にどこへ向かうのか?」と考えてみてください。天野坂から三の丸、そして千畳敷や城の中心部へと続く地形を追っていくと、滝山城が敵を一気に内部へ侵入させず、曲輪・土塁・空堀・虎口を組み合わせて少しずつ足止めする「土の城」として築かれていたことを実感できます。