旧小学校隣の神社、国常立命。
鞍懸神社の特徴
御祭神には国常立命が祀られており、信仰の厚い場所です。
旧小学校に隣接していて、アクセスが非常に便利です。
道路沿いに位置するため、立ち寄りやすい神社です。
御祭神は国常立命。別天津神の次の神世七代の最初の神ですね。神寛保2(1742)年創建で、明治6年村社列格。御由緒はこれしか分かりませんでしたが、(くらかけ)神社という社名にするには、それなりの訳(由緒)があるはずと思います。道路に沿って南から北へ境内が平行していますが、拝殿裏の御本殿・・・凄いです。精細な美しき彫刻も素晴らしき造営で、つい辺りを見回して「〇〇指定文化財」とか書いてある看板がないか探してしまったくらいであります。なかなか、これだけの御本殿を拝見することは出来ません。眼福でありました。
祭神はわかりませんが、旧小学校のとなりにある神社です。通学路にもなっていると思われるので今も児童の安全を見守っているのかもしれないと思いました。
道路沿いにありました。
| 名前 |
鞍懸神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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【当社】(クラカケジンジャ)は、桜川市大国玉地区で「御門御墓」、「大国玉神社」及び「后神社」を訪れて、下妻市高道祖の「高道祖神社」に向かっている際に、つい名前に引かれて参拝することになった。鞍懸の名称は、どんな謂れがあるのだろうか?。戦闘の際に騎馬武者が闘いの合間か戦闘後に愛馬をいたわるために鞍を下ろして木の枝や石に掛けたのだろう。県道下妻真壁線の長讃小学校入口の信号の南に「勝宮集落センター」が立地するが、当該施設の周囲には勝宮なる神社が見当たらない。宮後(ミヤゴ)の地区には、勝宮集落センター、鞍懸神社、長讃小学校などが存在し、同地区を上記の県道が二分する。このような環境から勝宮が鞍懸神社であり、戦勝に際して当社に報賽のために訪れて参拝したのであろう。【所在地】は、茨城県筑西市宮後1393(〒300-4503)である。所在地を含む宮後は、「桜川」とこの支流の「観音川」に挟まれた区域である。日本の原形である谷津田が広がる地域である。したがって開墾が早期に進められて、経済的発展が行われて、これに伴い神社寺院が建立されたものと思われる。【土盛り】が、当社の本殿の後に見られ、古墳等には指定はされていないようだ。長讃小学校が当社の南に建造されているが、グーグルマップで航空写真版で神社周辺を確認すれば、学校が建設される前には鎮守の森を構成していたことだろうと推測する。【創建・御祭神・御神紋・御神木・御朱印】は、未確認である。【長讃】(ナガサ)は、長貫(ナガヌキ)郷の長と伊讃(イサ)郷の讃を組み合わせた合成地名で、旧長讃村名(明治22~昭和29)となった。【接道】は、県道下妻真壁(131号)線の「長讃小学校入口」信号から北方向に入り、左手に同校を見ながらさらに進むと、間もなく右手に当社の鳥居が見えてくる。【駐車場】は、鳥居の手前に更地が確保されている。駐車スペースは、約300㎡で自動車10台分である。【トイレ】は、未整備である。したがって、ここに来るまでにコンビニ等で用を済ませてくるのがベストである。(訪問日令和5年5月18日(木))