明治天皇が訪れた歴史の地。
習志野地名発祥の地の特徴
明治天皇が行幸した由緒ある場所です。
郷土歴史資料館の大きな石碑が見どころです。
区画整理が美しく整えられたエリアに位置しています。
この辺りは船橋市には珍しく区画整理がきちんとなされています。その曰くを知る時に「習志野地名発祥の地」の碑と隣の「完成記念」の石碑は味わい深いものとなります。区画整理に費やした膨大なエネルギーが黒く固まって石碑になっているのではないかと思われるのです。
駐蹕(ちゅうひつ)は、明治天皇が一時駐在したところ、と言う意味だそうです。明治天皇がお付けになられた地名である「習志野」ですが、ここは船橋市です。最寄駅は新京成「習志野」駅なので習志野市だと思ってました…ちなみにすぐ近くに陸上自衛隊習志野駐屯地がありますが、そこも船橋市薬円台です。
現在郷土歴史資料館にある大きな石碑は元々ここにありました。
習志野駐屯地夏祭り、郷土資料館、など。
「ならしのちめいはっしょうのち つけたり めいじてんのうちゅうひつのところのひ」…明治6年、西郷隆盛らを従えた明治天皇は千葉県下に初めて行幸。近衛兵の演習を御覧になり、演習の地を「習志野ノ原」の名を賜った。・・「駐蹕(ちゅうひつ)」とは、天子(天皇)が行幸際に一時乗り物を停めること。また、その土地に駐留することを言います。・・文字は内閣総理大臣、陸軍参謀総長を歴任した山県有朋の筆です。
| 名前 |
習志野地名発祥の地 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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習志野地名発祥の地として、以前は習志野台4丁目に明治天皇の幕舎跡(現在の習志野台4丁目のみゆき町会館付近)に明治天皇駐蹕之処の碑として建てられましたが、現在は住宅地の開発とともに船橋市郷土資料館敷地内に移転され、本当の習志野地名発祥の地は説明版があるのみです。