酒々井町の歴史を感じる、城下町の魅力。
島田長右衛門家・島田政五郎家の特徴
酒々井町酒々井地区は、佐倉藩の城下町として栄えた土地です。
戦国時代には本佐倉城の城下町として歴史が深いです。
江戸時代の牧士、島田家の歴史を感じる場所です。
酒々井町酒々井地区は、戦国時代には本佐倉城の城下町として、また江戸時代には佐倉藩の城下町、旧成田街道の宿場町、 佐倉七牧 (徳川幕府直轄の野馬牧場) の野馬会所 (管理事務所) 野馬払い場の所在する地として栄えた場所です。島田長右衛門家は江戸時代に幕府野馬御用を勤めていた家で広い敷地を有し、かつては宅地裏に野馬会所と野馬払い場 が続いていました。隣接する島田政五郎家は島田長右衛門家の分家であり、やはり宅地裏に野馬払い場が続いていました。現在の建物は明治10~20年頃に建てられた店舗兼住宅で、道路に面する店舗は南北棟、住宅棟は店舗と直行する町屋づ くりになっています。当時の商家の邸宅として「日本博覧図千葉県編』 (明治27年刊行)にも掲載されていました。両家は現在においても歴史ある酒々井地区の中核的な建物として歴史的景観を形成しています。【現地案内板より抜粋】通り掛かりに立ち寄り。看板に酒々井町の親切さを感じました。
| 名前 |
島田長右衛門家・島田政五郎家 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
江戸時代の牧士として苗字帯刀を許された島田家です。佐倉藩主が江戸から帰城する際には、佐倉城下の田町枡形へ出迎えにむかいました。鹿島橋側から順に上下を着た佐倉六ケ町の(田町、新町肴町、弥勒町、本町、本佐倉町、酒々井町)、の各町名主と組頭、その次に島田牧士が並び、殿様が到着すると町奉行が大声にて出迎え者の紹介をしたそうです。この出迎えは当時大変な栄誉だったそうです。現在の田町、新町、肴町、弥勒町、本町は佐倉市、本佐倉町と酒々井町は現在の酒々井町に行政区分されていますが、江戸時代には佐倉城下六ケ町として一緒に扱われていました。千葉宗家の居城が有った本佐倉町と酒々井町は重く扱われ城下町としての待遇であったそうです。過去に酒々井町と佐倉市は、併合を検討しましたが、酒々井住民の反対にて今は別々の行政区分になっています。