金生山永福寺の静寂を感じて。
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| 名前 |
永福寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0859-83-1004 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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『日野郡史』上巻五六八頁よりーーー金生山永福寺は、石見村大字下石見、 大倉山の西北麓に在り。西方一帶田野能く開け、山川の眺望頗る佳なり。本尊は阿彌陀如來、脇立は不動明王毘沙門天にして、開山謙嶺壽益大和尙は、多里常福寺第三世なり。本寺は元長福寺と稱し、字鍛冶屋長福寺の地にありて、平僧地なりしが、永禄四年五月九日、洪水の爲殿堂悉く流失せしより、翌永禄五年三月、 當時前住心庵順鏡上座、水害の恐無き清水坂の上字寺畑の地に寺堂を再興せり。寬永十六年三月十八日、開山壽益大和尙の正脈を受けし壁龍玄鱗大和尙を請じて法地法地開山とし、寺格法地に進めり。玄鱗大和尙を當時第二世とす、元和元年八月第三世通岩良圓大和尙、此山に移轉し後、竇永四年十一月十八日、第四世定水如禪大和尙、入寺晋山して、現今の伽藍を營めり。享保二年二月、長福寺を改め、永福寺と稱せり。之れ八代將軍の嫡男を長福公と云ひしを以て諱めるなりと云ふ第十五世柏苗道林大和尙、餘枝として頗る丹青に巧なり。現住米積傅苗和尙を第十六世とす。