豊臣秀吉母邸跡で歴史探訪。
御所屋敷趾の特徴
豊臣秀吉の母・なかが住んでいた史跡です。
天保年間の歴史的背景が感じられる場所です。
御器所八幡宮への散策の途中で訪れるのに最適です。
豊臣秀吉母邸跡。
三英傑のなかでも農民から関白・太閤まで大出世した秀吉は、庶民の夢でもあるわけで、その母親が高貴な出であったとされるのも歴史的にはよくあるエピソード。そういう縁謂われの地が、こうして遺されているのも、秀吉という人物がいかに地元に愛された存在かを物語るものではないでしょうか。
屋敷跡に祠あり以前Google Mapsでこちらを知り、2023年7月下旬、近くの御器所八幡宮、尾陽神社などとセットで行きました。住宅街の中にひっそりあります。一説によると公家の持萩中納言は罪を犯しこちらに流されて屋敷を構え、その娘が秀吉の母とのこと現在は祠がひとつと「伝豊臣秀吉母宅跡」の駒札および御所屋敷跡の石碑があります。
名古屋市教育委員会の案内板に拠るとこの地に秀吉の母親大政所が居住していたとの事。当地には案内板、石柱、祠が有りますがなんとなく怪しさが拭えない場所。近くにある尾陽神社に行く途中で見つけました。
☆こんなところに御所屋敷とは、如何に⁉️伝「持萩中納言」の屋敷跡で伝豊臣秀吉母「なか(大政所)」の生誕地って、何か不思議な場所ですね、伝説、史実は不明😅☆地名に興味津々‼️『御器所』=『ごきそ』って、全国的には難読地名、何か凄い地名⁉️古に熱田神宮の神領「神事に用いる土器を調達する故に御器を作る所」とは由来知って納得、凄く由緒深き地名ですね😄
天保年間(1830年~1044年)尾張藩がまとめた『尾張志』に太閤秀吉の母堂は、「この御器所屋敷に住んで秀吉を生み、そこで御器所屋敷というようになった」とあります。
住宅地の中に祠と標石があります。
秀吉公の母君、大政所が住んでいたそうです。小さな祠があります。
御器所八幡宮の帰り、バスの時間まで付近を歩いている時に有りました。此の辺りは古い門構えのある大きなお宅が何軒かありました。
| 名前 |
御所屋敷趾 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
3.2 |
| 住所 |
〒466-0051 愛知県名古屋市昭和区御器所3丁目22−2 |
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周辺のオススメ
住宅街の中に石碑、案内看板、小さな社があります。