長瀬観音堂の立派な赤瓦。
長瀬観音堂の特徴
四方に鬼瓦を配した立派な屋根が魅力です。
二間四方の小さな堂が心を打ちます。
鳥取県湯梨浜町の赤瓦が美しい風情を演出します。
二間四方の小さなお堂ながら、四方に鬼瓦を配した屋根が立派です。
| 名前 |
長瀬観音堂 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
〒682-0722 鳥取県東伯郡湯梨浜町はわい長瀬1048−1 |
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鳥取県湯梨浜町・長瀬観音堂に残る赤瓦です。地元の松岡恭正さま米原俊一さまから観音堂の瓦に関する問い合わせで訪ねました。軒平瓦は温泉津方面で使用されている軒平瓦が確認でき、廻船で運ばれた石見の赤瓦です。大黒屋の棟札が保存されていました。大黒屋は大浦(大田市五十猛大浦)の商家で銑・鉄の売買にかかわっていたとみられます。大黒屋は大黒屋五左衛門で天明8年没(1778)。大浦の浄念寺に墓があります。大浦は廻船の積出港でにぎわった港です。安永3年(1774)の「萬貸帳」に初めて大黒屋の名がみられる。史料によれば安永3年8月1日増屋が古浦鈩から鉄70駄を買い入れた際、口銭を含めて銀2貫68匁6分を支払い、9月20日までに銑を引き渡すという一札が取り交わされていた。そのうち40駄が当時宅野村にあった大黒屋の銑であり、8月中に増屋に引き渡さされ積み出されたということが史料として残っている。大黒屋は石見宅野や大浦から鉄の積み出しに関係しています。長瀬観音堂の軒平瓦は温泉津で確認できる軒平瓦はわずか確認できますが、多くの軒平瓦は大田市の瑞巌寺などで確認できる軒平瓦が確認でき、大浦から廻船で運ばれた瓦だと思います。この軒平瓦は倉吉淀屋、小川家、織田信長の重臣・池田恒興を弔う勝入寺など倉吉の残る歴史ある建物に確認することができます。池田恒興の子・輝政は関ヶ原の戦いで家康について功績をあげ、1600年姫路初代藩主となっている。長瀬観音堂は大黒屋が大きく関わっているように思えますが、橋津の西蓮寺に同じような鬼瓦が残っており大黒屋が絡んだ瓦の可能性があります。屋根に葺かれていない瓦が西蓮寺の瓦です。よく似ています。