乃木倉庫の貴重な歴史を感じて。
乃木倉庫(陸軍予備弾薬庫)の特徴
煉瓦造りの白亜の建物は明治初期に建造された弾薬庫です。
名古屋城の貴重品を戦時中に保管し、火災から免れました。
乃木大将とは直接関係がないが、由縁の名称です。
国指定登録有形文化財です。この倉庫のおかげで貴重な文化財が第二次世界大戦の空爆焼失から免れました。
とても貴重な登録有形文化財だとは思うけど中には入れないし…う~ん、ただの倉庫ですね。
乃木希典が名古屋鎮台に在任していた明治初期に建てられたと伝わり「乃木倉庫」と呼ばれる。名古屋空襲で本丸御殿は焼失したが、乃木倉庫は焼失を免れ、中に保管されていた襖絵や天井絵なども焼失を免れた。これらは現在重要文化財に指定されている。
明治初期に陸軍の弾薬庫として建築されたレンガ造りの倉庫。この倉庫に本丸御殿障壁画を避難させて焼失を防ぎました。
名称から乃木大将時代に建造されたと思っていましたけど違ったんですね本丸御殿復元の資料になった襖絵等はここに保管され空襲を免れたそうです貴重な戦争遺跡の一ついつまでも残して欲しいですね。
明治時代に造られた倉庫。乃木将軍が命じ5年頃に名古屋に赴任したことにちなんで名付けられた。名古屋城御深井丸に位置する旧陸軍の火薬庫。煉瓦造、平屋建。ひっそりと立ってました。
国の登録有形文化財!2023年3月下旬に行きました。中には入れません。明治初期に建造物で旧陸軍の弾薬庫として利用→太平洋戦争の際、名古屋城の障壁画や天井絵をここに避難させ、大空襲でも焼失を免れる→免れた障壁画等は重要文化財に勉強になりました。
☆国登録有形文化財城郭の御深井丸に似つかわしくない煉瓦造りの白亜の建物、明治初期の1880年頃に陸軍の「弾薬庫」として建造され非常に頑丈で火災にも強い、乃木倉庫あってこその名古屋城「本丸御殿」の復元⁉️☆昭和20年になり国内の空襲激化、3月以降順次、本丸御殿の襖(障壁画)を避難、5月の名古屋大空襲の戦火被災を免れ現存、障壁画1047面が国指定重要文化財に🤔☆倉庫建造などに乃木希典大将は直接関係なし、若かりし乃木希典が陸軍少佐の頃に名古屋鎮台(後の第三師団)に赴任経験あり、後の世に乃木大将由縁で『乃木倉庫』との名称😲
乃木倉庫という名称は乃木希典が名古屋鎮台に赴任していたことに因むみたいやけど直接的な関係はなんもなし!だけどなんで乃木倉庫って呼ぶようになったんやろなーちなみにこの倉庫ー大東亜戦争における昭和20年5月14日の名古屋大空襲の際に名古屋城や本丸御殿にあった絵画や骨董品を避難させ守り抜いた名誉の倉庫でその一点のみを見ても殊勲の倉庫です!そして本来は煉瓦造りのしゃれた倉庫なのですが煉瓦保護のために白く塗られてるんやって。
| 名前 |
乃木倉庫(陸軍予備弾薬庫) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
052-231-1700 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 9:00~16:30 |
| HP |
https://www.pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/bunkazainavi/yukei/kenzoubutu/kunitouroku/1024.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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メインの観光ルートからは少し奥まった静かな場所にあります。乃木倉庫の最も特筆すべき歴史的功績は、1945年5月14日の名古屋大空襲の際、本丸御殿の障壁画や天井絵、美濃紙などの貴重な文化財の大半をこの内部に避難させていた事です。名古屋城の天守閣や本丸御殿は大部分が焼失してしまいましたが、この乃木倉庫の極めて頑丈な構造(厚い壁と防炎性)により、内部の文化財を見事に守り抜いたそうです。この時に難を逃れた障壁画類(1,047面)は、重要文化財に指定されています。近年、見事に復元・再建された「名古屋城本丸御殿」ですが、往時の姿を寸分違わぬ精度で再現できたのは、この乃木倉庫によって本物の原画が戦後まで守られたからに他なりません。内部へ入れるのは、名古屋城を舞台に開催される現代アート展です(11月下旬~12月中旬頃)。乃木倉庫自体がアート作品の展示会場となります。歴史的な頑丈な空間とアートが融合した独特の雰囲気を体感できます。