十界互具曼荼羅の心。
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| 名前 |
法泉寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0436-61-0242 |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
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山号を妙水山と号し、十界互具曼荼羅を御本尊とする顕本法華宗の寺院で、創建年代等の由緒が詳らかでありませんが日什大正師の開山とされます。ここ野毛地区の地名は、養老川の氾濫により水没してしまう湿地を表す『の(湿地)・け(異・消)』が由来とされ、室町期(1336~1573年)に『のけの村』、江戸期(1603~1868年)に野毛村となり現在に至ります。境内一角に『俳人飯嶋吐月の墓』が建立され、江戸時代中期の俳人・飯嶋吐月(1727~1780年)は、上総(千葉県)出身で通称・四郎右衛門、松尾芭蕉(1644~1694年)の高弟・服部嵐雪(1654~1707年)の俳統を継承する雪中庵第二世・桜井吏登(1681~1755年)、同三世・大島蓼太(1718~1787年)の高弟とされ、芭蕉没後に乱れた俳壇の革新運動を大島蓼太とその高弟・山村月巣(1730~1785年)と共に立ち上げ、芭蕉およびその門流の信奉する俳風『蕉風俳諧』の普及に尽力し、江戸俳壇最大の『雪中庵』の中心となって活躍、辞世の句として『残すべき葉もなき秋や蝉の声』と詠んでいます。車両進入禁止ロープがあり境内に駐車できないため、路肩の広い箇所に駐車しました。