古き良き阿豆良神社で得るご利益。
阿豆良神社の特徴
落ち着いた雰囲気の中に、天甕津媛命や倭姫命を祀る神社です。
旧社地の北側には温水プールがあり、近隣の石碑も見どころです。
地元民に支えられ、いつでもゆっくりお詣りできる環境です。
娘が近くの体育館で大会があり、空いていた時間で来ました😌歴史的にかなり古い神社⛩みたいです😌
町の中にある落ち着いた感じの神社。なんとなく名前がかわいい。由来などの掲示もしてある。本殿がとてもいい。
御祭神 天甕津媛命 倭姫命境内社 神宮司社、国府宮社、津島社、二宮社一宮社、秋葉社、白山社、天神社、金刀比羅社、熊野社、稲荷社、八幡社、熱田皇太神宮社、天照皇太神宮社。
ご利益ありました!
地元の神社です。小さいので初詣も全く混雑はしません。松の内があけてからのしめ縄などの処分もしてもらえます。
御朱印はありませんがいつ行ってもゆっくりお詣りが出来ます🙆場所は猿海道リラクゼーションほぐしこころの近くです🙇
旧社地は北にある温水プールの辺りで、施設南側の角地に旧跡の石碑がある。
古い雰囲気の良い小さな神社です。祭神はアマノミカズヒメです。
地元民に支えられている。
| 名前 |
阿豆良神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
阿豆良神社(あずらじんじゃ)。愛知県一宮市あずら。式内社(小)、旧郷社。主祭神:天甕津媛命(あめのみかつひめのみこと、別名:阿麻彌加都比女(あまのみかつひめ))(配祀)倭姫命資料によると、当社の創祀については、『尾張国風土記』吾縵(あづら)の郷の條がずばり語っている。丹羽の郡。吾縵の郷。巻向の珠城の宮に天の下をお治めになった天皇(垂仁天皇)のみ世、品津別の皇子は、生まれて七歳になっても口をきいて語ることができなかった。ひろく群臣に問われたけれども、誰一人よい意見を申し上げるものがいなかった。その後、皇后の夢に神があってお告げをくだし給い、「私は多具の国の神、名を阿麻乃弥加都比女というのだ。私はまだ祭ってくれる祝をもっていない。もし私のために祭る人を宛てがってくれるならば、皇子はよく物を言い、また御寿命も長くなるようになる。」といった。帝は、この神が誰で、どこにいるのかを探しだすべき人を占わせると、日置部らの祖建岡君がその占いに合った。そこで神をたずねさせた。その時建岡君は美濃の国の花鹿の山に到り、榊の枝を折とって縵(かずら)に造り、祈誓して「私のこの縵が落ちるところに必ずこの神がいらっしゃるだろう」といったところが、縵はとび去ってここに落ちた。そこで神がここにおいでになると知って社を建てた。この社名によって里に名づけた。後の人は訛って阿豆良の里という。「美濃の国の花鹿の山」とは岐阜県谷汲村にあり、ここに、花長上神社「阿麻乃弥加都比女」、花長下神社「赤衾伊農意保須美比古佐和氣能命(あかふすまいぬおほすみひこさわけの命)」が鎮座している。后神である。現社地より北二町(約200m)程の処に元の社地がある。この旧社地には、昭和45年9月建立の阿豆良神社旧跡の碑(自然石)が建っている。さらに700m北方には、馬見塚遺跡B地点と称する縄文時代晩期から古墳時代にかけての祭祀遺跡があり、あるいは、この地点が阿豆良神社本来の旧跡である可能性が考えられる。垂仁朝57年(紀元688)の創建。とあります。