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(湖山の砂丘)は伯耆⇔因幡の行き来の伯耆街道として通行が頻繁でしたが、流砂や冬場の積雪等のために難渋の地でした。街道としての役割と人が居住可能な地にしたいとの決意、実行力で私財を投入しつつ藩へ願い出て、防風林と砂丘開拓の事業を行った先人がいます。船越作左衛門(ふなこしさくざえもん)とその遺志を継ぐ親族(次郎左衛門・嘉助・吉助・作十郎)、多数な事業賛同人により江戸の後期から明治時代まで費やして現代の湖山発展の礎を築きました。先代の作左衛門は伯耆の商人で何度も街道を往来した体験から通行人の難儀はよく知り尽くし、奥さんと湖山に居を構え、砂丘の不毛な地を開拓して農業が営めれば人が定住できるとの先を見据えた事業を発起させた先人です。「砂丘開拓記念碑」は県道318号線の大寺屋バス停を少し西進した道路沿い、湖山池を臨んで建立です。背後の小高い砂地には成長した黒松の木々が生い茂り、当時の様子がかい間見えてきます。(大寺屋という地名は先人の偉業を後世に伝えるにふさわしい屋号として今に残ります)