秀吉公の生誕地、常泉寺で参拝を!
太閤山 常泉寺の特徴
豊臣秀吉生誕の地に位置し、由緒ある寺院です。
秀吉公産湯の井戸が現在も残るパワースポットです。
境内には手植えの柊や銅像など見どころが揃っています。
1596~1615年(慶長元年~20年)の慶長年間に、豊臣秀吉の命を受けた「加藤清正」と「圓住院日誦上人」によって創建。常泉寺は「日蓮宗」(にちれんしゅう)の寺院。中村公園、名古屋競輪のすぐ東隣にひっそりとありました。豊国大明神の廟堂として創建されたと言われていますが、1615年(慶長20年/元和元年)の「大坂夏の陣」で「豊臣秀頼」と「淀殿」の自刃により豊臣家が滅亡すると、常泉寺もほとんどの建物が焼失してしまいます。1898年(明治31年)には「秀吉公没三百年記念事業」として、豊臣秀吉の銅像が建立されました。しかし、1944年(昭和19年)の「太平洋戦争」によって【金属強制徴収】の対象となり、銅像は台座のみとなりました。1983年(昭和58年)4月には放火され、建物が焼失。のちに支援を受けて1987年(昭和62年)に復興されます。翌年1988年(昭和63年)5月に、豊臣秀吉の銅像も再建され現在に至ります。御神体は豊太閤の肖像【束帯唐冠】で、大阪城にあったものを加藤清正が譲り受けたとされていて、清正が現在の地に鎮座し奉りました。当寺院には、瓢箪も多く飾られています。秀吉といえば、瓢箪を思い浮かべる方も少なくはないと思いますが、豊臣秀吉と瓢箪の関係は深いものがあり、豊臣秀吉の馬印が瓢箪でした。【馬標(うまじるし):合戦において、武将が己の所在を示すために使用した印のこと】その由来は1567年(永禄10年)に、「織田信長」による「稲葉山城」(いなばやまじょう:岐阜城)攻略の際に、手柄をたてた豊臣秀吉に、織田信長から縁起の良い瓢箪の馬印を与えられた、とされています。それ以降、豊臣秀吉は、戦に勝つたびに馬印に瓢箪を加えて増やしていきました。その後も瓢箪がどんどんと増えていったため、のちに豊臣秀吉の馬印のことを「千成瓢箪」(せんなりびょうたん)と呼ばれるようになりました。現在、「豊臣兄弟! 名古屋中村 大河ドラマ館」に来場する人で賑わいのある中村公園からたくさんの方が訪れていました。
境内は自由に出入りできました。綺麗に整備されており、記念碑史跡も多く見応えがあります。
秀吉が産湯を浸かった井戸のあるお寺。秀吉公の生誕地としても有名です。豊国神社のすぐお隣です。
信長攻路 名古屋市中村区中村町木下屋敷⭐️常泉寺【豊臣秀吉にゆかりの深い寺院】・秀吉の木像をご神体として祀る寺。「秀吉産湯の井戸」「お手植えの柊」があるほか、 願い事の成就を占う「むすびの輪」がある。
豊国神社を参拝したあと、歩いてほど近くの常泉寺(じょうせんじ)を訪ねました。この寺は、豊臣秀吉公の母・なかの菩提を弔うために建立されたと伝えられる、秀吉ゆかりの古刹です。境内には、秀吉公が自ら手植えしたとされるヒイラギの木が今も残り、時を超えてその存在を静かに伝えています。また、秀吉公の少年時代「日吉丸」の像もあり、竹を背負った小さな姿が印象的でした。豊国神社の荘厳さとはまた異なる、素朴で温かな空気が流れる常泉寺。この地に立つことで、秀吉公の原点に、ほんの少し触れられたような気がしました。
中村公園内の東側に位置し、日蓮宗の寺院で 太閤山 常泉寺です。 ご神体は豊臣秀吉公の肖像で、大阪城に有ったものを加藤清正がこの地に鎮座し、祀ったのだそうです。豊臣秀吉の生誕地としてのエピソードで有名で、今日でも多くの信仰を集めているそうです。秀吉公の産湯の井戸が境内に在り、当時は清水が豊かに溢れていたのだそうです。一時地下水の変動で井戸が枯れたのですが平成に再び湧き出る泉を取り戻したそうです。お寺の名前の常泉は此処からきているそうです。境内には秀吉公お手植えの柊が有ります。未だに繁茂して元気です。
日蓮宗太閤山常泉寺。豊国神社、中村公園東にある豊臣秀吉所縁のお寺。境内内には太閤秀吉像、お手植えの松、産湯の井戸などがあり、2026年の大河ドラマ「豊臣兄弟」が放映されたら賑わうでしょうね。
秀吉生誕の地にあるお寺さん。秀吉産湯の井戸などがあり些か怪しいが、寺宝に秀吉の書状などあるため、寺の由来と合わせて、信用しましょう。
こちらの地に来てから参拝させてもらっている日蓮宗のお寺さんです。秀吉公の生まれた時に使った井戸があります。水は夏は冷たく・冬は暖かいです。秀吉公の像やお地蔵様もあります。こちらにいる間は参拝させて頂きます。
| 名前 |
太閤山 常泉寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
052-412-3467 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 8:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
〒453-0053 愛知県名古屋市中村区中村町木下屋敷47番地 |
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豊国神社のある中村公園に隣接する日蓮宗寺院で、豊臣秀吉が加藤清正に命じて自身の生誕地にこの寺院を建立させたといわれています。秀吉産湯の井戸やお手植えの柊もあり、手水を兼ねた秀吉産湯の井戸はさすが常に泉が湧く寺という名前通り、夏でも割と水は冷たく気持ちいいものでした。本堂前には今年初めに訪れた著名人の名前がこれ見よがしに?ズラリと記されたものが貼られていましたが、その中には私にとっては誰?という方も…。結局、本堂内部は拝観しませんでしたが、内部には加藤清正が大阪城内にあった木像を豊臣秀頼に懇願してここへ移した、今では寺の御神体となっている秀吉公御神体と呼ばれる木像もあるようです。参拝後日たまたまBS番組で常泉寺が取り上げられているのを観ましたが、番組によれば寺が昭和58年に放火によって焼失し、木像も損傷。寺を再建し木像も修復したが、不思議なことに修復前とは違った顔付きだった木像が年月を経るにつれ段々と顔付きが変わり、修復以前の本来の顔付きに戻ってきている…のだとか。確かにそんな感じはしました。