歴史が息づく本福寺の魅力。
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| 名前 |
要源山常福寺跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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当地は江戸時代前期の慶長20(1615)年に日要上人が開山となり創建された要源山常福寺の跡地で、安土桃山時代の天正2(1574)年創建の薬師山本浄寺と昭和34(1959)年に合併、両寺号の一字ずつを取って寺号を本福寺に改号、日喜上人(平成2年遷化)が開山となり薬源山本福寺として東金市上谷3063の地に再創建されています。また、当地は室町時代の大永6(1526)年に大関城から逃れた土気城主・畠山重康(?~1526年)の自刃地ともされ、里人がここで重康を葬ったと云われています。土気城主・畠山重康は、室町時代の長享2(1488)年に中野城主・酒井小太郎定隆(1435~1522年)に攻められ、土気城から大関城(城址が東金市史跡)に逃れ、その後、室町時代の大永6(1526)年に大関城からも逃れ、ここ常福寺跡地で自刃したとされます。境内には、明治20(1887)年建立の題目塔、建立年代不明の妙法北之崎墓地移転諸霊供養塔、昭和47(1972)年建碑の妙法常福寺本浄寺合併記念碑と有縁無縁法界萬霊回向碑、江戸時代後期の弘化4(1847)年造立の手水石、その他、数多くの石造物が残存します。境内に駐車スペースあります。