知って歩く志村坂上遺跡!
| 名前 |
志村坂上遺跡B地点 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
〒174-0056 東京都板橋区志村1丁目14−2 シャロン志村坂上 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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【見に行く遺跡というより、知ってから歩く遺跡】Googleマップで「志村坂上遺跡B地点」という表示を見つけるまで、私自身、この辺りのごく普通の住宅街の地下にこれほどまとまった遺跡が広がっているとは知りませんでした。実際に来てみると、最初は少し戸惑います。史跡公園でもなければ、復元された竪穴住居があるわけでもない。現在目の前にあるのはマンションと住宅が並ぶ、いつもの志村坂上の街並みです。ところが調べてみると、この「何もなさ」がむしろ、この場所の一番面白いところでした。ここは板橋区の遺跡番号99「志村坂上遺跡」の一角で、B地点ではマンション建設に伴って発掘調査が行われています。板橋区教育委員会はその成果を、1986年12月に『志村坂上遺跡B地点―マンション建設にかかる発掘調査―』として刊行しています。単なる地域史のパンフレットではなく、文化財シリーズ第51集、本文60ページに図版27ページを付した正式な発掘調査報告書です。国立国会図書館にも収蔵され、現在はデジタル化されて個人送信サービスの対象にもなっています。さらに驚いたのは、これで終わっていないことです。約30年後の2014年には『志村坂上遺跡B地点第2次調査発掘調査報告書』が刊行されています。こちらも12ページ+図版3ページの正式な調査報告書で、国立歴史民俗博物館、東京国立博物館、奈良文化財研究所、東京都立大学、大東文化大学など複数の研究機関・大学に所蔵されています。つまり「昔ここで一度何かが見つかったらしい」という曖昧な史跡ポイントではありません。開発によって地下が開かれるたびに調査され、その結果が記録として積み重なってきた場所です。ここで注意したいのは、Googleマップ上の「B地点」と「志村坂上遺跡全体」は同じものではない、ということです。志村坂上遺跡は志村一丁目周辺に面的に広がっており、延命寺境内、見次幼稚園部分、B・D・F・G・J・L地点など、長い年月の中で別々の場所が少しずつ調査されてきました。板橋区公文書館にもD・F・G・J地点などの発掘調査報告書が体系的に残されています。たとえば延命寺境内では、1981~82年に244㎡が調査され、縄文時代の土坑18基、土器集中3か所、ピット6基が確認されました。縄文土器だけでなく石器・石製品も出土しています。この数字を知ってから周囲を見ると印象が変わります。一枚の土器片が偶然落ちていた、という程度ではありません。人が地面を掘り、物を使い、ある程度継続して活動していた痕跡が、この台地の各所に残されているということです。しかも志村坂上遺跡を「縄文時代だけの遺跡」と考えるのも正確ではありません。D地点では弥生時代後期の竪穴住居跡が研究対象となっており、住居跡の土壌から検出された炭化したオオムギやイネなどについても研究されています。後世の混入の可能性まで含めて検討されているところが、かえって考古学らしくて面白いところです。さらに同じ志村坂上遺跡のF地点では、中世の地下室状遺構から人骨が検出された事例まで報告されています。地下室の床面には壮年女性と推定される人骨が残り、その後16世紀代の土器・陶磁器などが入り込んだと分析されています。国立歴史民俗博物館の「縄文時代中期集落(東京都内)データベース」では、志村坂上遺跡は板橋区志村一丁目の遺跡として掲載され、水系は「出井川」と整理されています。現在は市街化と暗渠化で分かりにくくなっていますが、志村坂上地区は武蔵野台地と低地との高低差が非常に大きい場所です。板橋区の資料では、この地区の標高は新河岸川付近の約2mから武蔵野台地上の約22mまであり、崖線ではおよそ14mもの高低差があります。普段何気なく上り下りしている「志村坂上」の坂そのものが、実はこの土地の歴史を読む手掛かりになっています。水のある谷と、それを見下ろす台地。現代の道路やマンションを一度頭の中から消して地形だけを見ると、なぜ昔の人々がこの周辺を生活の場所として利用したのか、少し想像しやすくなります。そして「なぜ○地点、△地点という発掘がこんなに多いのだろう」と疑問に思って調べると、都市の遺跡ならではの事情も見えてきました。板橋区では、「周知の埋蔵文化財包蔵地」で建築などの工事を行う場合、文化財保護法第93条に基づき、工事着手の60日前までに届出を行うよう定めています。必要に応じて調査が行われるため、東京のように全面を一度に掘れない市街地では、マンションや住宅の建設・建て替えが、地下の歴史を知る小さな「窓」になります。だから志村坂上遺跡は、一度に全貌が現れた巨大遺跡ではありません。しかも1986年のB地点報告書は、2026年現在でも板橋区立郷土資料館で350円で頒布されています。約40年前の発掘成果を、研究者でなくても普通に購入することができます。志村坂上遺跡B地点は、「見に行く遺跡」というより、「知ってから街を歩くための遺跡」なのだと思います。何もないように見える住宅街の地下にも、確かに長い人間の歴史がある。この場所をGoogleマップに残しておく価値は、まさにそこにあると思います。