ウラン鉱床発見の聖地。
人形峠 ウラン鉱床露頭発見の地碑の特徴
国道179号線の旧道沿いに位置しており、立ち寄り撮影にも適しています。
濃霧の合間に見える瞬間が印象深く、訪問の価値があります。
ウラン鉱床発見の歴史を背負った、独特の記念碑です。
トンネルが出来たのでここをとおる人も少ないです。
鳥取県側からアトムサイエンス館に向かう道中にあります。日本の原子力産業を知る上で,貴重な場所です。地味ですが是非おたずねください。
大山から津山へ抜ける通り道だったので立ち寄りましたあいにくの濃霧でしたが一瞬霧が切れた合間で撮影道沿いに碑文があるだけで、他には何もありませんわざわざ行くほどの場所でもないので、通過時の車窓見学程度で十分でしょう。
国道179号線(津山街道)の旧道脇にあります。行くには自動車必須ですね。ひっそりと地碑があります。人形峠のウラン鉱床は、鳥取県日吉津村と岡山県真庭市の県境に位置していて、堆積性ウラン鉱床だそうです。1955年に鉱床が発見され、1960年代から1970年代にかけて採掘が行われましたが、採算が取れず1980年に閉山となったそうです。ここのウラン鉱床は、約700万年前の河川堆積物層に形成されたものだそうで、堆積物層は、花こう岩を基盤とし、その上に礫岩・砂岩・泥岩が広く分布しているようです。ウラン鉱床は、この堆積物層の基底付近にあり、そのうち基盤の花こう岩直上の礫岩層には人形石が濃集したウラン鉱石が分布していたようです。人形峠のウラン鉱床は、高品位で、0.05%から0.06%のウラン鉱石が分布していたそうです。今でこそ稼働していませんが、これは海外のウラン鉱床と比較しても高品位で、日本国内で唯一、まとまった鉱量の見込めるウラン鉱であったようです。そもそも、人形峠のウラン鉱床は採掘コストが高く、採算が取れないことがわかったことから、1980年に閉山となっています。現在は、この地碑のそばに日本原子力研究開発機構の人形峠環境技術センターがあり、ウラン鉱床の歴史や現状について学ぶことができます。
| 名前 |
人形峠 ウラン鉱床露頭発見の地碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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この場所で偶然が重なり、ウラン鉱床が発見されたそうです。詳細は近隣のアトムサイエンス館にて詳しく紹介されています。発見後の日本の原子力発電の歴史等、興味深く知ることができます。