札幌開祖の歴史、静かに感じる。
札幌開祖 吉田茂八碑の特徴
創成川の近くに位置する歴史深い石碑です。
静かな公園内で、じっくりと観察が楽しめます。
タモリさんも訪れた、知る人ぞ知るスポットです。
北海道の歴史に出てくる吉田茂八の史跡だそうです。吉田茂八の保存会によって記念碑が建てられたそうです。
NHKブラタモリ#22札幌 で4分位の所とエンディングで取り上げられました。もはちと読むそうです。札幌市中央図書館蔵『明治元年札幌地図』に対岸の鉄一(てついち)と共にわずかに2軒の記述があります。明治二年に始まる開拓の前に居た和人はその2戸7人だけだったそうです。元々はアイヌの人々も数十人居たらしいようですが、そちらは資料が無いとの事。
過去2回訪れました。また行きます。次回伺うときには対岸の志村さんのところにも挨拶に行きたいと思います。志村鉄一さんの話し相手が茂八爺さんの御役目でしたものね。
雪に埋まり一段二段高くなっている広場の一角にあります。また訪れたいと思います。
ベンチに座って、お茶を飲んでいたら❗目の前に碑が立っている🙄誰だろう…❓ 簡単に言うと😃創成川の南3条~6条を、作った人❗吉田堀と、言われていた😃碑のギリギリの所に、柵があるので、読むの大変😩札幌市長 板垣武四書 久しぶりに、板垣市長の御名前❗ 昔~地下鉄乗るのに、歩いていたら😃知らないおじいちゃんに「 おはようございます 」と、声を掛けられて😨❗ビックリ‼️市長さんでした😃
豊平川対岸の志村の標識と比べ、石碑が 小公園の中にあり。来訪者の休憩所もある。豊平川の橋のたもとのロケーションもよい。副読本では、札幌開祖で必ず名が挙がる。
①志村鐵一とともに札幌の開祖とされる。②碑文より→吉田茂八は南部に生まれ安政二年亀谷丑太郎に従い渡道し 同四年石狩調役荒井金助の命により 豊平川右岸の渡守志村鉄一の話相手として左岸の渡守となり札幌開拓に寄与した先住者である。資性温厚にして豪胆狩猟を得意とし後年創成川の南三条より南六条に至る間の掘割工事を請負う。これを吉田堀とも言う。地域住民吉田翁の功績を讃え後世に伝えるべくこの碑を建立する。
ススキノ交差点を東の方に10分くらい歩いたところにあります。豊平川のすぐそばです。かなり狭い公園?というかベンチがある狭い場所にあります。特に観光地という感じでもありませんが、この辺りに大きなホテルがあったり、ススキノから近かったり、民泊の場所が結構あったりするからか、観光客の方々が割と多いです。地元民は雪がないうちは、少し休憩することもおるかと思います。近くに普通の公園(新渡戸稲造記念公園)もありますが、こちらは大きな道沿いにあるので見つけやすいです。吉田茂ではなく吉田茂八という人がいるんだなと知ることができますが、特に詳しい説明の看板とかはないので、自分で調べることになります。
ここは静かな場所でじっくりと観察ができてを手を合わせたくなる気分になるよ。
| 名前 |
札幌開祖 吉田茂八碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
豊平川の隣にあります。たまに観光客が歩いているのを見かけるぐらいです。