周辺のオススメ
スポンサードリンク
スポンサードリンク
松戸神社の境内裏手、駐車場の片隅にひっそりと建つ、少し珍しい碑があります。それが「震天制空隊顕彰碑」です。碑には、B29に体当たり撃墜二度生還板垣軍曹われらが誇りと刻まれており、思わず足を止めてしまいました。「B29に体当たりして二度も生還?」と不思議に思います。神風特攻隊であれば生還は前提ではなかったはずですが、実は「震天制空隊」とは、B29に体当たり攻撃を行った後、パラシュートで脱出して生還することを想定した部隊だったそうです。碑の横にある説明板には、次のような内容が記されています。↓太平洋戦争末期の昭和19年、大日本帝国陸軍は関東防空のため、B29に体当たり攻撃を行う「震天制空隊」を編成。当時、日本には高度1万メートルを飛行できる戦闘機がなく、機体を軽量化した「無抵抗機」が用いられました。艦船への特攻とは異なり、体当たり後の生還を前提とした作戦で、熟練操縦者が選抜されました。その中で、板垣政雄軍曹は昭和19年12月と昭和20年1月の二度にわたりB29への体当たり攻撃を成功させ、いずれも生還。特に二度目は松戸上空での戦闘だったと記されています。また、他にも二度の体当たりに成功し生還した搭乗員がいたことも紹介されています。令和7年は戦後80年の節目。松戸の地で、関東防空のために命を懸けて戦った人々の存在を静かに伝える碑として、非常に考えさせられる場所でした。