八幡坂を散策しよう!
| 名前 |
八幡坂 |
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| ジャンル |
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| HP |
https://www.city.kita.tokyo.jp/hakubutsukan/rekishi/fureru/bunkazai/akabanekita/yawata.html |
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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【「八幡神社の昔からの参道」だと思ったら、実は違いました】八幡小学校と東洋大学赤羽台キャンパスの間を通る八幡坂。坂下には赤羽八幡神社があるので、私は最初、昔から神社へ向かう参道のような坂なのだろうと思っていました。ところが由来を知ると、これがなかなか面白い坂です。現在の八幡坂は、大正8年(1919)に旧陸軍被服本廠が赤羽台へ移転し、それまでの道路の一部が軍用地に取り込まれたため、一般の人が通れるよう本廠の北側に設けられた坂道とされています。【名前の由来は、神社そのものではなく「八幡谷」】「八幡坂」という名前も興味深く、直接の由来は坂の北側にあった八幡谷(やわただに)という地名。赤羽台と桐ケ丘の間には細長い谷が入り込んでいて、現在の街並みの中でも歩いてみると高低差がよく分かります。赤羽周辺は、台地と谷がかなり複雑に入り組んだ土地です。坂自体は200mほどの、途中で少し曲がる比較的緩やかな坂。何も知らなければ、ごく普通の道路として通り過ぎてしまうと思います。【この坂一本で、赤羽の街の変化が見えてきます】もともとこの辺りには、宝幢院付近から中山道方面へ向かう板橋街道が通っていました。明治13年の地図を見ると、現在とは異なる線形で赤羽台を通り、この付近へつながっていたことが確認されています。そこへ軍施設が入り、道が付け替えられ、戦後は旧軍用地に赤羽台団地が建ち、現在は東洋大学やヌーヴェル赤羽台などが並ぶ街になった。私はこの流れを知ってから、八幡坂が単なる「名前の付いた坂」には見えなくなりました。古い街道の時代→軍都・赤羽→戦後の団地→現在の街。100年ほどの土地の変化が、この一本の坂にかなりきれいに残っています。また、少し足を延ばせば、旧軍用貨物線跡を利用した赤羽緑道公園もあります。線路を模した舗装なども残されているので、八幡坂と一緒に歩くと「軍都だった赤羽」の地形がより分かりやすいです。