歴史感じる中台馬場崎貝塚。
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| 名前 |
中台馬場崎貝塚 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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若木三丁目貝塚公園の一角に残る、板橋区登録文化財「中台馬場崎貝塚」。現地は石柱が立つ程度で、貝殻や住居跡が露出しているわけではありませんが、調べるとかなり重要な遺跡でした。この一帯は標高約28mの舌状台地上にあり、明治30年(1897)頃から貝塚として知られていました。発掘では、縄文時代早期の炉穴8基、前期の住居跡3軒、後期の住居跡1軒、弥生時代後期の住居跡1軒などが確認され、縄文早期から晩期、さらに弥生・古墳時代まで人が暮らした痕跡が残っています。特に縄文前期中頃の集落として重要で、当時は現在より海が内陸深くまで入り込み、この周辺も海や河口に近い環境だったと考えられています。現在の住宅地からは想像しにくいですが、「貝塚」という名前は、ここがかつて水辺に近い生活圏だったことを伝えています。昭和42年(1967)と昭和55年(1980)に発掘調査が行われ、板橋区立郷土資料館からは『中台馬場崎貝塚B地点』という104ページの発掘報告書も刊行されています。現在も板橋区の文化財一覧では、平成5年度登録の「記念物・史跡遺跡」として掲載されています。現地は「若木三丁目貝塚公園」になっており、遊具はほぼなく、砂場と樹木のある静かな小公園です。駅からは少し歩きますが、史跡を見ながら休憩するにはちょうどよい場所です。見た目は普通の公園ですが、地下には縄文早期から弥生時代までの生活痕跡が重なっています。石柱だけ見て終わらず、「この台地上に数千年にわたって人が暮らしていた」と知ってから立つと、印象がかなり変わる場所でした。【参考資料】板橋区「板橋の文化財一覧」— 中台馬場崎貝塚は平成5年度登録の史跡・遺跡。板橋区立郷土資料館『中台馬場崎貝塚B地点』文化財シリーズ第41集、1982年、104頁。平凡社『日本歴史地名大系 東京都の地名』「中台馬場崎貝塚」— 標高約28m、発掘遺構、各時代の居住痕跡を整理。奈良文化財研究所「全国文化財総覧WebGIS」— 遺跡番号21077、縄文・弥生の住居・炉穴・土器・石器を掲載。