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【何もないように見えて、実はかなり奥深い場所です】赤羽北の住宅地に、ぽつんと残る小さな木立です。現地へ行っても横穴が開口しているわけではなく、石室を見学できるような場所でもありません。知らずに通れば、たぶんそのまま通り過ぎてしまいます。ただ、由来を知ってから見ると、この小さな山が急に面白くなります。ここは北区遺跡番号3「堂山横穴墓」として記録されている遺跡です。横穴墓というのは、盛土をして造る古墳とは少し違い、台地や丘陵の斜面を横から掘って墓室を造ったもの。なので「この山全体が一基の古墳」というより、ここに古代の墓が営まれていた、と考える方が近いようです。【私が惹かれたのは、その後の歴史です】堂山には後世、阿弥陀堂があったと伝えられ、「阿弥陀堂山」が縮まって「堂山」になったともいわれています。さらに面白いのが八百比丘尼の伝説。人魚の肉を食べて不老長寿になったとされる八百比丘尼が、この堂山の麓へ舟で流れ着き、村人が山の上に草庵を建てて住まわせたという話が残っています。しかも、舟をつないだ杭がそのまま根付き、大きな松になったという伝承まであります。『新編武蔵風土記稿』にも、堂の前には近年まで「比丘尼が植えた」と伝えられる古松があった旨が記されています。もちろん伝説は伝説なのですが、少なくとも江戸時代の人たちが、すでにこの場所を八百比丘尼と結びつけて見ていたことが分かるのが面白いところです。