屋島の戦い、棲みし地で遊ぶ!
駒込の池の特徴
屋島の戦いに馬で参戦した那須野与一の生誕地です。
駒込の池周辺には整備された遊歩道があります。
美しい風景を楽しみながら散策できる場所です。
鵜黒の柵。鵜黒は、この地の中ボッチで産まれた。長谷田村に野馬がいて、その中に、飛鳥のように足の早い女馬がいた。ある時、友馬に逢い、岩窟に落ちて、脚を折ったので、深谷に伏していたところ、鳥獣が来て喰おうとするのを、里人不憫に思い、平場に十間ほどの大堀を廻し、その中にこの馬を住まわせた。那珂川の牛井渕辺りに鵜が数百住み着いて、その中に、鷲ほどの鵜がいて、里人は、鵜の王だ、と言っていた。この大鵜が、女馬の背に止まったので、女馬は跳ね回ったので、大鵜は飛び去り、女馬が静まれば、大鵜が来て背に止まることを、度々くり返すうちに、女馬も次第に慣れて相親しくなった。そのうちに、女馬は肥えてたくましくなり、承安元年(1171)三月十日巳の刻(午前十時)、馬子を産んだ。普通の馬ではなく、頭毛は細く雛の頭毛のようで、尾毛は長くても、短い毛は鳥の羽のようで、川を渡ることも自在で、鵜が川で遊んでいるようだった。里人集まって、これ程の名馬を私することは出来ないと、葉世多次郎と相談して、国主那須太郎資隆に献上した。これが、那須与一宗隆の愛馬鵜黒である。 異類婚説話であるが、とても興味深い。駒込の池の周りは、歩いて一周できるようになっている。(参照「那須記」巻のー−鵜黒の駒の事−)鵜黒の墓は、馬廻塚馬頭観音堂の馬廻塚(馬巡墳)で、鵜黒を祀っているところが、鴻巣馬頭観音堂と馬廻塚馬頭観音堂の二か所で、鵜黒(うぐろ)が黒鵜(くろう)になり、鵜が羽になり、黒羽(くろう)になり黒羽(くろばね)になったという地名説話がある。
池をぐるっと一周出来る遊歩道が整備されてます。近くの保育園の散歩コースかな。
| 名前 |
駒込の池 |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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那須野与一が、屋島の戦いに馬に乗っていた(羽黒の駒)が駒込の池近くで生まれ育ったいた場所。