箭壷坂を登る冒険旅。
武甕槌神社の特徴
整備された下草の中、訪れる者を迎えます。
軍勢神社とも称され、歴史を感じる場所です。
旧甲州街道沿い、急な坂道を上る神社です。
書により、この神社の紹介文をしらべてみる_____________❸【参考 甲斐国志・古跡部 1814年】箭壷坂 大野村犬目、野田尻、両駅の間の坂上に村落あり、「へびき新田」という、坂下はすなわち「箭壷村」なり、この間、路(みち)はなはだ険にして往来に難や〆(占め)り中にも路線の巌下に屈曲した谷深き所を「ざとうごろがし」と云い、むかし盲人、ここを過ぎて深い谷に転落死したる事ありしゆえに、名とす、今は路傍に垣を結び衛護(えいご)のそなえとす、一所は50間、一所は72間、「勝山記」にいわく、享禄3年卯月(4月)23日、箭壷坂にて、越中殿(小山田氏)と氏縄(北条)と御合戦これあり、打ち負け吉田衆、打ち死にいたしそうろうという、軍勢権現()、丹誠権現あり、何神たる事、つまびらかならず、おもうに、戦争の時祭し神なるべし____________❷【参考 甲斐国志 1814年】軍勢権現箭壷にあり、産神なり、除地5畝10歩_________❶【参考 上野原町誌 1975年】武甕槌神社(たけいかずち神社)軍勢神社とも呼ばれる。享禄3年(1530年)卯月23日 小山田越中と北条氏綱が合戦した所である。“甲斐国誌”によると「箭壺坂(矢坪坂)にて吉田衆 打ち負け死に至り候という。軍勢権現あり。何神たることつまびらかならず。考えるに戦争の時に祀りし神である」とある。[鎮座地] 大野5611番地(矢坪)[祭神] 武甕槌命(たけいかづちのみこと・武の神・鹿島大社の神)[御神体] 御幣(合金製) 木札[例祭日] 9月7日~9日。
旧甲州街道沿いにある鳥居をくぐってすごい坂を登って、ちょっと山道歩いて辿り着くことができます。山の中に立派なお社が在ります。
| 名前 |
武甕槌神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
http://www.yamanashi-jinjacho.or.jp/intro/search/detail/8057 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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下草は整備されていますが、坂道が急です。靴底がギザギザなブーツ🥾で登るのがよいです。鳥居⛩️を抜けてから数分歩きます。運動不足の方はキツイですよ。小さなお社の斜面は上がらずに、真っ直ぐ坂道を登るとパッと右手に階段が見えます。それまで神社がある感じがしないですよ。