江戸城の遺構と海雲寺山門を体験!
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| 名前 |
海雲寺 山門(江戸城内 紅葉山から移築) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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江戸城の数少ない建造物の遺構とされる海雲寺山門。鬼瓦など装飾はほぼなく、ほぞ穴の痕跡も確認できず。江戸城紅葉山からの移築伝承で、可能性としては、霊廟前の門や中仕切りの御殿門などが考えられるが、海雲寺自体が二度の移転を経ているので改変されているかもしれず、詳細は不明ながらも文化財として大切にしてほしい。(杉並区教育委員会の案内板より)当寺は江月山と号する曹洞宗の寺院で、本尊は木造釈迦如来坐像です。開山は、上野国(現・群馬県)甘楽郡菅原村陽雲寺の天徳寛隆で、開基は細川谿谷院殿月山窓雪大童子(細川越中守の息子)です。慶長16(1611)年8月江戸八丁堀(現・中央区八丁堀)の地を拝領して開創、されましたが、その後、寛永12(1635)年に御用地となったため、同年5月、浅草八軒寺町(現・台東区寿町)の地に移転し、明治43(1910)年、区画整理のため現在地に移転しました。現在は、慧超派または海雲寺派と称される曹洞宗の一派をなしています。山門は江戸城内の紅葉山から移築した移築したといわれる由緒ある建造物です。本堂の左手の御堂には、安永9(1780)年と銘がある木食上人像が安置され、境内の馬頭観音像と伝わる石造物には、寛政10(1798)年の銘と「武州多摩郡田はた村内せき口」「大場源左衛門」という造立者名が刻まれています。