1000年の歴史、御湯神社参道。
御湯神社の特徴
御湯神社は平安時代に記載された古社です。
石段参道を上ると、木々に囲まれた神秘的な雰囲気です。
岩井温泉の近くに位置し、湯治の文化を感じる神社です。
岩井温泉の近くにある神社です。オオナムチノミコトとヤガミヒメノミコトとその子供御井の神が祀られています。
平安時代の「延喜式」神名帳記載の温泉神社の一つ。
今から1000年以上前の延喜式神名帳に名を連ねている古い社である。❷【参考 御湯神社 特選神名牒 大正14年(1925年)】因幡国50座(大1座 小49座)巨濃郡9座(小並) 御湯神社 郷社因幡志によると「川の東の山の下にあり、伊勢宮と称している。この神社、昔は大野村にありしを近世このところにうつした、故に大野宮ともいう。すなわち本社のことなり」とある。又岩井宿旧名によると「湯村字大野後に今の名にかえた」とある。[例祭日] 9月9日❶【参考 御湯神社 岩美町誌(1968年)風土の中の慕情 (1972年)】御湯神社弘仁2年(810年)の創建です。延長5年(927年)延喜式神名帳に載る。文久元年(1861年)御湯神社創建1050年祭りの棟札が残っている。(この棟札により、弘仁2年の創立であるといわれています。)[鎮座地] 岩美町大字岩井字弥勒堂141[祭神] 大己貴命( おおなむちのみこと・出雲大社の神 ) 御井神(みいのかみ・井泉の神)八上姫命(やがみひめのみこと・大己貴の妃)猿田彦命(さるたひこのみこと・道開きの神)❸【岩井温泉案内記 明治35年9月】この神社とは直接関係がないが、明治当時この町の事が書かれている。今も営業を続けているところもあれば、廃業されたところもあるのだろう[旅館]こまや節太郎(晃陽館・こうようかん)角屋二郎(旭嶺館・きょくれいかん)明石屋三郎(泰山館・たいざんかん)花屋為藏(端雲館・すいうんかん)岩井屋重太郎(対翆館・たいすいかん)木島与市(保明楼・ほめいろう)[旅館兼料理店]備前屋年藏(観月楼・かんげつろう)川戸屋誠市(川翆館・せんすいかん)などが記されている。面白いのでのこしておく。
御湯神社入口バス停から数分、真っすぐに伸びる石段参道を上がり、徐々に木々が生い茂る山の中へ。雨露が落ちる境内の雰囲気は、どことなく落ち着き、静か。南天?の実が多く実り、本殿を彩るように絵になり、そんな中でお参り。石段から眺める景色は、山裾を東へ辿ると、遠くに積雪の山肌が見え、それもまた、季節のうつろいを感じさせる光景で旅愁に浸る。石段途中の宮司さん宅に立ち寄り、御朱印を拝受し、感謝申し上げるのでありました~
平安時代の延喜式神名帳に式内社として記載されている古い神社で、九世紀頃には存在していたそうです。御祭神は大己貴命、御井神、八上姫命の家族と、猿田彦命です。古くは伊勢宮御湯神社とか伊勢宮(猿田彦命が祭神)と呼んでいたそうです。御湯神社本記には、江戸時代、藩主が池田相模守の時に「御湯(御井)神を中座に、左は大己貴命と八上姫命、右は猿田彦命と四座を同殿に御湯神社と崇い祝う」とあり、江戸時代には御湯神社と呼ばれていたようです。御湯神社傘下の社の氏子は、氏神の神札と共に伊勢神宮大麻もこちらから頂きます。現在は本殿の左手に藤森神社(祭神、別雷命)、右手に稲荷神社(祭神、宇賀魂神)があります。参詣には多くの石段を上らなければならないですが、境内が広く厳かな雰囲気もあるので、脚が不自由でなければ歩くのが楽しいです。拝殿と本殿は大きく立派で、式内社らしい威厳があります。因幡国の一ノ宮は国府町の宇倍神社ですが、岩美町に一ノ宮があるとすれば、この御湯神社である事は間違いないでしょう。
【比定社】🅿あり(廃校のグラウンド)階段と本殿が真っ直ぐ直線上にないのが気になった。低気圧による突風で枝葉が散乱状態だったが、普段はきれいにしていると感じる。珍しく本殿周りに柵がないため、間近で時代を見ることができるが。境内下に狛犬が鎮座しているが、方対は風化して形がなくなってしまったと思われる。無事、役目を終えたのだろうか…藤森神社の神紋は五七桐紋というのかな?
「御湯神社」(古名・みゆのじんじゃ)は因幡・但馬街道、国道9号の岩美町岩井の湯治場の近くにあります。創立は811年、いわれは父、大国主命母、八上姫命の御子、御井神(みいのかみ)を祭神とし、江戸初期に御井(みい)を改めて御湯(みゆ)と為すとあり古来からお湯の神として崇められています。岩井温泉として湯治場はすぐ近くです。神社⛩️の格式や威厳、神聖な佇まいは申し分ありません。神社の下、やや小高いところに社務所があり、宮司さんが(お家族?)玄関付近のプランターにお花を育てて今、綺麗に咲き揃って訪れる人を迎えます。古(いにしえ)から「御湯神社」は人々の暮らしと生活を温かく見守り続けています。小学生時分は神社の境内の椎木の実を取りに遊んだものです。
| 名前 |
御湯神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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御湯神社(みゆじんじゃ)。鳥取県岩美郡岩美町岩井。式内社(小)、旧郷社。【祭神】大己貴命 八上姫命 御井神 猿田彦命前3柱がもともとの御祭神で、猿田彦命は江戸期の合祀。資料によると、平安時代初期の弘仁2年(811年)の創建と推定される。以来、この地域の中心として祭祀された。湯の町岩井の守護神で、もとは御井神社で、「みい」が転訛り「みゆ」となり、御湯の字が充てられたとの説がある。宝暦2年(1752年)に現在地に遷座、現社号を称した。文久3年(1863年)に1050年祭が執行された。江戸時代、大野台地附近に伊勢宮(猿田彦命)があったが、大野台地の集落は岩井宿の繁盛につれて次第に衰微、元文年間(1736年-1741年)には人家もなくなった。当社がその伊勢宮を後に合祀した。また式内社「大神社/太神社」の論社も合祀した。式内社「大神社」の論社は他に、太田の美取神社、浦富の荒砂神社、鳥取市の多居乃上神社がある。明治5年(1872年)2月2日に郷社に列し、明治40年(1907年)2月3日に神饌幣帛料供進神社の指定を受けた。境内には拝殿の右に稲荷、左に藤ヶ森の境内社と、能登守平教経の矢研石がある。廃寺、彌勒寺(奈良前期創建)の境内にある。この廃寺の塔心礎は、国史跡である。昔、朝臣・藤原冬久がこの地を訪れ、神女の教えに従って御井の神湯にひたるとたちまち病が癒えたといわれている。それが御湯神社の由来である。とあります。