中島家代々のお墓と徳性寺。
徳性寺の特徴
中島家代々のお墓があり、地元の歴史を感じられる場所です。
上州新四国八十八ヶ所霊場の第三番霊場として、霊性を大切にしています。
東上州三十三観音霊場の第十六番霊場で、信仰心を深めることができます。
新四国88ヵ所霊場第三番大悲山 観音院 徳性寺(とくしょうじ)《高野山真言宗》本尊:大日如来正田商店の北の防火水のある細い路地を西に入ると、押切集会所があるが、その北側。入口に新坂東16 番の石碑が立つ。正面には本堂が建ち、内陣には大日如来を祭る。その西側に朱色に塗られた観音堂が建つ。内部には二体の観音像が安置されている。左側の厨子には、“子育て観音”または“霜除け観音”とも呼ばれている十一面観音を祀る。また中央の厨子には、川から救い上げた装飾豊かな十一面観音を納めている。それぞれ12年に1度、午の年に開帳される。創建年代は不明。元和年間(1615~1624)に中興される。すぐ前に中島新邸がある。民間の飛行機王で、また政治家としても活躍した中島知久平によって建てられた。 その知久平の墓が、墓地の中央に聖地のように造られている。 村の世話人が4年ごとに、総代を勤めている。毎年4月15日には、教王寺の住職や世話人全員が集まって、護摩を炊き大々的なお祭りをする。村人たちの信仰は、現在でも絶えることはない。《新四国88ヵ所霊場めぐりより》【中島 知久平】(なかじま ちくへい、明治17年(1884年)1月1日 - 昭和24年(1949年)10月29日)は、日本の海軍軍人、実業家、政治家。中島飛行機(のちに富士産業、富士重工業を経て、現在のSUBARU創始者として知られ、政治家に転じてからは大臣や政友会総裁を務めた。境内に入ると全身痺れる様な強いパワーを感じました。無住でありながらも、近隣の方々がきちんと手入れしている様子が伺え、信仰の熱さを感じます。観音堂の左側にお大師様像もありました。読経中、涙が止まりませんでした。個人的な感想ですが、パワースポットだと思います。
中島家代々のお墓があります。中島飛行機(スバル)の創業者、中島知久平も分骨されて両親と仲良く眠っています。
上州 新四国八十八ヶ所霊場・第3番霊場東上州三十三観音霊場・第16番霊場。
| 名前 |
徳性寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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