武田勝頼が攻め入った膳城散策。
膳城跡の特徴
膳城跡は武田勝頼の素肌攻めで知られた激戦地です。
殺風景な丘陵地に残る堀や土塁の遺構を見学できます。
散策路が整備されていて静かな雰囲気を楽しめます。
丘陵地に造られた平山城で上杉、北条、武田の間で争われた激戦の城住宅地と畑の中にあるが本丸と周辺の堀や土塁がよく残されている堀底を歩いて見学できるようになっているが薮も多くて割りと蚊に刺されるので注意が必要。
膳城は鎌倉時代の幕府問注所執事の三善康信の子孫が築城したそうですが、年代はわかりませんが、西暦1487年に膳城攻めの記録があるのでその頃はあったようです。その後は越後の上杉、甲斐の武田、小田急の北条の関東攻略戦に巻き込まれたようです。膳城は西暦1580年に武田勝頼に攻められて落城して廃城になったが、その時の一戦は勝頼方が平服で城を落とした「膳城素肌攻め」が有名です。
武田勝頼が鎧を着ないまま、攻め入った膳城素肌攻めで有名な城跡です。
遺構がしっかり残っています!冬場に来ると、もっとよく観られると思います。
膳駅から徒歩10〜15分程度で本丸脇の入り口に到着。本丸を中心に北から左回りで北郭(文化財管理センター以北のエリア)、袋曲輪、二の丸が見られる。堀の様子などは分かりやすい。土塁も二の丸には残存している。保存されているエリアはごく一部で、川筋に囲まれたその他の曲輪は、現在宅地や畑などになっている。ただし、部分的に堀跡を確認することはできる。元々の城主である膳氏から、上杉、武田、北条と支配者が変わる過程で、城域は大きく改修されたように思う。膳氏の子孫の方が史跡の保存に尽力されたとのこと。大事にこのまま後世に伝えて欲しい。
空堀、土塁が残っています。案内板も整備されていて、全体図上で自分がどこにいるかよくわかるようになっています。
膳氏の築城にして居城。戦国の動乱の中で膳氏が没落した後、北条氏、上杉氏、武田氏で城主が変遷する。武田勝頼の「膳城素肌攻め」が著名。近年整備され城跡に遊歩道が巡っている。郭、空堀等の遺構が良く残る。
桜を見に行きました。満開でとても綺麗でした。
堀や曲輪の遺構が残っていて、見応えがあります。
名前 |
膳城跡 |
---|---|
ジャンル |
|
電話番号 |
027-285-4111 |
住所 |
|
HP |
https://www.city.maebashi.gunma.jp/bunka_sports_kanko/7/3/11366.html |
評価 |
3.7 |
周辺のオススメ

全域にスギやヒノキやハルニレ、クヌギなどが繁茂していて、鬱蒼としていて、眺望はない。しかし、深い複雑な堀や広い曲輪などが明瞭に残っていて、期待にたがわず、かつての面影を偲ぶことが出来る。