青函連絡船、鉄道の思い出。
青函連絡船 青森桟橋 可動橋跡の特徴
青森〜函館間を結んだ歴史的な鉄道連絡船の跡地です。
昔の鉄道施設の一部が残る展示内容が魅力的な場所です。
かつての航路の雰囲気を感じることができる貴重な見学地です。
青函トンネルが開業した現在、本州と北海道は新幹線でも行き来ができますが、青函連絡船での海路しかない時代も長い間ありました。1908年から1988年までの80年間、青森と函館を結ぶ連絡船として多くの乗客と貨物を運んだ八甲田丸を、青函連絡船廃止後に「海の街」青森の記念碑として就航当時の状態で係留・保存したのが「青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸」。今では歴史を感じさせてくれる貴重なスポットとなり、その明るい黄色の船体は多くの市民に親しまれています。
陸上と青函連絡船とを結ぶ鉄路。2026年正月に訪問したので、積雪のため近くまで行けなかった。今度は雪のない季節に来たい。
鉄道コンテナがそのまま青函連絡船に繋がるようになっていたんですね。このあと、八甲田丸を見学するとさらに納得できます。
R7.9.16訪問 青森北海道旅行夜の青函連絡船。散歩がてら23時頃w何か怖い雰囲気は昼よりあるだろう。#夜の青函連絡船。
船の中に線路を敷き貨物を貨車ごと積んで走る方式を「車両航送」ないしは「貨車航送」と呼びます。かつて日本では青函連絡船と宇高連絡船、関門連絡船などで車両航送が行われていました。しかし青函連絡船は1988年、宇高連絡船は1990年、関門連絡船は1942年に廃止となっています。子供の頃、青函連絡船内に積み込まれた貨車の写真を見ました。確か某社の学習雑誌でだったと思います。しかし子供心にこれは「フェイク」じゃないかと思いました。陸上を走って来た鉄道車両を船内に引き込むなんて不可能だと考えたのです。第一船が揺れたら簡単に脱線してしまうでしょう。実用性があるわけありません。そんなわけでずっと車両航送の実物を見てみたいと思っていました。しかしその後連絡船は廃止となり、その機会は永遠に失われたのでした。で、今回何気なく青森まで来てびっくりしました。稼働はしていないものの、当時の遺構がまだ残されていたのです。早速見に行きました。連絡船の船尾を包み込むように作られた岸壁。そして可動橋と連絡船を一直線に繋ぐ線路。何より連絡船の車両甲板に停められた鉄道車両、学習雑誌はウソを言ってたワケではなかったのです。失礼しました。………でも思えば長い道のりでした。2025.9.18
青森と函館を結んでいた青函連絡船には、貨物列車が収納されましたが、可動橋は、連絡船が潮の干満や波で揺れるので、貨物列車が船内に引き込まれる時にその影響をなくすための設備です。この写真のレールを通って貨物列車が船内に引き込まれました。潮の干満や波を計算して、実にうまく考えたものだと思いました。
青函連絡船が運行していた頃、鉄道や貨物列車をそのまま船に引き入れていました。船の下層にレールが引いてありそこにピッタリ接眼する仕組みがこの可動桟橋です。潮の満ち引きに対応して上下する機構がバッチリ残ってます。船の船尾をよく見るとレールが見えており、アレに繋がるんだなと。船の中も見学できるので(有料510円くらい)見学して接岸の動画や船内の船列車やレールの様子を見ると理解が深まります。すごいことしてたんだなぁ…
かつて利用されていた連絡船へ鉄道車両を運ぶレール跡です。こういった遺構を保存するのは非常に費用もかかり大変な苦労もあるかと思います。写真に写る八甲田丸を外から眺めるだけにしようかと思いましたが中も見学しました。(詳細は別途口コミしています。)
青森函館間を運行していた国鉄青函連絡船の車両甲板(格納庫)に列車を格納するために使用していた可動橋です。可動橋の橋門構、橋桁とも当時のままの姿で遺っています。日本ではここでしか見ることができない貴重な機械設備(函館にもありますが橋門構部分のみ)で、日本機械学会の『機械遺産』に認定されています。乗り物が好きな人なら気持ちに刺さる光景だと思います。メモリアルシップ八甲田丸(観覧有料)の船の中の鉄道車両が展示されている車両甲板を見るとイメージがつながります。八甲田丸を観る前に先に可動橋を見た方が良いと思う。
| 名前 |
青函連絡船 青森桟橋 可動橋跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
陸上の線路と船内のレールを接続し、鉄道車両を船の「車両甲板」へ直接出し入れするために作られた巨大な可動式橋梁の遺構です。青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸のすぐ隣に当時の姿のまま保存されており、本州と北海道を結んだ物流の要として日本の近代化産業遺産や機械遺産に認定されています。1. 可動橋の仕組みと技術潮位と沈み込みへの対応: 潮の満ち引きや、貨物を積んだ際の船体の沈み込みによって、陸と船の高さ・傾きは常に変化します。可動橋は桁(けた)を上下に動かすことで、陸上の線路と船内のレールを寸分の狂いもなく接合させました。スムーズな車両航送: 貨車や客車を連結したまま蒸気機関車やディーゼル機関車で船内へ押し込み、函館到着後はそのまま引き出して北海道各地へと走らせる、画期的な輸送システムを支えました。2. 歴史的背景1925年(大正14年)の運用開始: それまでの「人間や荷物だけを積み替える」方式から、世界的大事業であった「鉄道車両ごとの航送」へ移行した際に誕生しました。60年以上の活躍: 1988年(昭和63年)の青函トンネル開通に伴い青函連絡船が廃止されるまで、約60年以上にわたり日本の南北を結ぶ物流の大動脈として機能し続けました。