青函連絡船の歴史を体感。
青函連絡船 青森桟橋 可動橋跡の特徴
青森〜函館間を結んだ歴史的な鉄道連絡船の跡地です。
昔の鉄道施設の一部が残る展示内容が魅力的な場所です。
かつての航路の雰囲気を感じることができる貴重な見学地です。
鉄道コンテナがそのまま青函連絡船に繋がるようになっていたんですね。このあと、八甲田丸を見学するとさらに納得できます。
R7.9.16訪問 青森北海道旅行夜の青函連絡船。散歩がてら23時頃w何か怖い雰囲気は昼よりあるだろう。#夜の青函連絡船。
船の中に線路を敷き貨物を貨車ごと積んで走る方式を「車両航送」ないしは「貨車航送」と呼びます。かつて日本では青函連絡船と宇高連絡船、関門連絡船などで車両航送が行われていました。しかし青函連絡船は1988年、宇高連絡船は1990年、関門連絡船は1942年に廃止となっています。子供の頃、青函連絡船内に積み込まれた貨車の写真を見ました。確か某社の学習雑誌でだったと思います。しかし子供心にこれは「フェイク」じゃないかと思いました。陸上を走って来た鉄道車両を船内に引き込むなんて不可能だと考えたのです。第一船が揺れたら簡単に脱線してしまうでしょう。実用性があるわけありません。そんなわけでずっと車両航送の実物を見てみたいと思っていました。しかしその後連絡船は廃止となり、その機会は永遠に失われたのでした。で、今回何気なく青森まで来てびっくりしました。稼働はしていないものの、当時の遺構がまだ残されていたのです。早速見に行きました。連絡船の船尾を包み込むように作られた岸壁。そして可動橋と連絡船を一直線に繋ぐ線路。何より連絡船の車両甲板に停められた鉄道車両、学習雑誌はウソを言ってたワケではなかったのです。失礼しました。………でも思えば長い道のりでした。2025.9.18
青森と函館を結んでいた青函連絡船には、貨物列車が収納されましたが、可動橋は、連絡船が潮の干満や波で揺れるので、貨物列車が船内に引き込まれる時にその影響をなくすための設備です。この写真のレールを通って貨物列車が船内に引き込まれました。潮の干満や波を計算して、実にうまく考えたものだと思いました。
青函連絡船が運行していた頃、鉄道や貨物列車をそのまま船に引き入れていました。船の下層にレールが引いてありそこにピッタリ接眼する仕組みがこの可動桟橋です。潮の満ち引きに対応して上下する機構がバッチリ残ってます。船の船尾をよく見るとレールが見えており、アレに繋がるんだなと。船の中も見学できるので(有料510円くらい)見学して接岸の動画や船内の船列車やレールの様子を見ると理解が深まります。すごいことしてたんだなぁ…
青森函館間を運行していた国鉄青函連絡船の車両甲板(格納庫)に列車を格納するために使用していた可動橋です。可動橋の橋門構、橋桁とも当時のままの姿で遺っています。日本ではここでしか見ることができない貴重な機械設備(函館にもありますが橋門構部分のみ)で、日本機械学会の『機械遺産』に認定されています。乗り物が好きな人なら気持ちに刺さる光景だと思います。メモリアルシップ八甲田丸(観覧有料)の船の中の鉄道車両が展示されている車両甲板を見るとイメージがつながります。八甲田丸を観る前に先に可動橋を見た方が良いと思う。
青函連絡船の中に列車を格納する為に利用した可動橋です。陸レールと連絡船とを結ぶ架け橋の役割を果たしていた。この可動橋を貨車が通って連絡船の車両甲板へと送り込まれていきました。可動橋には3線分のレールが引かれて、ワム換算(全長8m弱)48両の貨車を次々と連絡船へと格納された。
昔の鉄道施設ですね。 だいび錆び付いていて朽ち果てそうです。
青函連絡船メモリアル八甲田丸の手前にあります。青森駅からなら徒歩5分もかかりません。青函連絡船への車輌航送は1925(大正14)年より本格的に開始されたそうですが、こんな時代に鉄道を線路で船と繋ぎ、そのまま鉄道丸ごと、船で運んでしまうと言う発想が凄いなと、ただただ驚かされます。船舶への鉄道車両搭載のため可動橋が青森・函館両港に設置され、保存されている可動橋を支える主塔の部分はこの最初期からのもので、この主・副橋桁は、車両通過速度を向上させるよう1954(昭和29)年に改造されたそうです。このような遺産は是非未来の子供達の為にも残してもらいたいです。
| 名前 |
青函連絡船 青森桟橋 可動橋跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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陸上と青函連絡船とを結ぶ鉄路。2026年正月に訪問したので、積雪のため近くまで行けなかった。今度は雪のない季節に来たい。