不思議な雰囲気の熊野神社。
熊野神社(大庭神社舊蹟)の特徴
不思議な雰囲気を醸し出す森に囲まれた神社です。
地域の方々に愛され続ける、綺麗に清掃された神社です。
延喜式内社の大庭神社旧跡としての歴史があります。
道を歩いていると突如現れるこんもりとした森に不思議な雰囲気の神社です。ちょっとジブリの世界観を感じます。付近のお散歩やウォーキングの際に立ち寄ってみてはどうでしょうか。とても素晴らしい雰囲気を堪能することができます。
大庭神社旧蹟とされる神社です。今は大庭神社は稲荷にありますが、元々はこの地である大庭にあったとされ、熊野神社は大庭神社旧跡と伝えられています。近くの宗賢院の裏には、「大庭景親」の居館があったと伝わっており、大庭景親のお参りのついでにぐるっと廻ってみました。参道の脇に「大庭神社跡」を示す碑が建てられています。細い参道の奥、苔むした石段の先に、大事にお祀りされています。
現在は熊野神社ですが大庭神社は元々此方の方だったとか大庭城と宗賢院(大庭景親公の館が裏山にあったといわれている)に近く、現在の大庭神社は引地川を渡らなければいけないので後の時代に認定されたと考えるのが自然。
小さな神社です。地元の方に大切にされているなと思います。道も狭く駐車スペースはない模様。静かにお参りを。
森の中にある静かな場所です。
いつお参りしても、綺麗に清掃され、地域の方々の愛を感じる神社です。特別な空気感、大好きな場所です。
本来の大庭村の鎮守?都市部に有りながら秘境感に溢れる神秘的な神域:-)ひょっとしたらパワースポットかも:-)心が疲れた時、癒しが欲しい時は、お参りされてみては如何でしょうか?
ホーホケキョ。
延喜式内社の大庭神社の旧跡です。今は熊野神社と名乗っているみたいですが、小さな集落の鎮守様という感じでとても延喜式古社とは思えないようにひっそりとあります。でも立地は引地川の低地を見下ろす丘の先端近くにあり、隣の丘陵は相模南部では有数の規模を誇る大庭城なので古くから開けた重要な場所だったのでしょう。社前の丘陵地からは縄文時代前期の土器や弥生時代・奈良時代の住居跡が見つかっているようなので、海にも近く農耕に適した低地もあって暮らし易い場所だったのかなと想像します。また東海道が通る交通の要所でもあったのでしょうね、でも目の前の引地川の低地は小さくてとても大人数を養えるほどのキャパシティがあるようには見えないのだけど、そこが少し疑問です。訪問時は桜の季節でしたので、本堂左裏にある大きな桜の木から風に揺られてさらさらと、境内に降り注いでいました。
| 名前 |
熊野神社(大庭神社舊蹟) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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熊野神社(くまのじんじゃ)。神奈川県藤沢市大庭。式内社(小)大庭神社の論社。江戸時代には「御霊社」、「権現社」と呼称されていたが、境内の石碑や案内板には「大庭神社舊趾」、あるいは「大庭神社旧跡」という表記も見られる。主祭神:熊野久須比命資料によると、この地が大庭神社の旧跡と伝えられている。当地の前方に広がる丘陵地からは縄文時代前期の土器や弥生時代・奈良時代の住居跡が見つかる(大庭築山遺跡)など、古くから大庭郷の集落が形成されていたと推測される。平安末の熊野信仰興隆期に新たに熊野神が勧請され、地主神たる大庭神社は、忘れ去られたものと思われる。同市稲荷の大庭神社と同様に近世以前の記録(社伝)は存在しない。当社が大庭神社(大庭社)の旧跡とされたのは江戸時代の文化・文政(1804年 - 1830年)になってからのことである。『藤沢の文化財』では、本来は当社が延喜式内社の「大庭神社」であったが、その後、何らかの理由により稲荷の大庭神社が延喜式内社と目されるようになったと考察している。一方、同市宮前にある御霊神社から分霊(分社)したともされる。天保4年(1833年)、山崎六兵衛雅彦により石造の鳥居が寄進された。なお、こちらの社についても明治の神仏分離令まで、成就院が管理を行なっていた。とあります。