観音様が祀られた神秘の洞窟。
権現洞窟の特徴
観音崎の名の由来となる観音像が安置されている場所です。
行基上人が祀った観音像が歴史的に重要な洞窟です。
昔は白蛇が住んでいたと言われる神秘的なスポットです。
観音様が祀られている海蝕洞の洞窟です。古くの言い伝えが書かれていました。
ぼーっと歩いていると、気付かずに通りすぎそうですが、観音崎という地名はここから来ているので、しっかり説明看板を読んでおきたいと思います。
2025年9月28日午後訪問横須賀市、三浦半島の東端にある観音崎にある洞窟当日はシェアサイクルで横須賀を回っており馬堀海岸と走水海岸を抜けてこちらへ観音崎海岸から海沿いに公園の歩道があり灯台に登る石段の手前にこちらの洞窟がありやしたよ前には観音様が祀られてたさあ。
落石の可能性があるため中に入ることができず、間近で見ることはできませんでしたが、「観音崎」という地名の由来となった説明書きなどがあって、知識を深めることができるまた洞窟の周囲の巨岩が、私的に好きな光景の1つで、ヘルメット持参してもいいから間近で観音様も見たかったし、岩に直接触れたかったです。
説明のパネルを読んでいたところ、緑のウェアにサングラスのランニング中と思われる中年男性がわざわざ立ち止まり背後にピッタリくっついて来ました。不審に思い別のパネルの方に移動しましたが着いてきました。本当は灯台まで行きたかったのですが引き返しました。時間帯は日中です。史跡自体は興味深いものでしたが、訪れる方はこのような事もあると注意してください。
行基上人が観音様を置いたから観音崎なんですね。わりとビッグネームが絡んでた。
観音崎の名前の由来になった洞窟で、神秘的な雰囲気です。
祠は柵で立ち入り禁止となっており、観音様もケースに納められておりました。恐らく、いたずらや汚損が過去にあったのかもしれません。今は静かな雰囲気ですが、あちらの観光客もチラホラしており、少し心配です。
洞窟前には柵があって内部に入れませんが外からでも洞窟がよく見えます中には観音様がケースに入って祀られています説明文が近くの標識に書いてあります観音崎という名が付いた理由も説明されてます。
| 名前 |
権現洞窟 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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行基上人に由縁のある海蝕洞窟と観音堂。伝説によれば、観音崎の山には多数の鵜が群れをなし、その下の岩窟には恐ろしい大蛇が棲んでいたという。鵜の群れと大蛇は浦賀水道を行き交う船に害を及ぼし、多くの漁師や船乗りが命を落としたとされる。天平十三年(741年)春、諸国を巡っていた行基上人がこの地を訪れ、これを知り、法力によって大蛇を退治し、自ら観音像を刻んで岩窟のそばに安置した。また、大蛇の霊を鵜羽山権現として祀ったという。以来、海は穏やかになり、人々は海上安全を願って観音堂を建立し、観音像を本尊として祀るようになった。後日談として、建保年間(1213~1219年)の乱の際、観音堂の堂守が本尊を持ち出したまま姿を消したため、観音像の行方は分からなくなった。人々は捜索を続けたが、長い間その所在を知ることができなかった。ところが、寛元2年(1244年)の夏、走水沖で漁をしていた漁師が、岩礁の間から不思議な光を放つものを発見した。村人たちが集まって調べたところ、それは失われた観音堂の本尊であった。観音像は岩と岩の間に挟まれており、人々はこれを迎え戻して再び観音堂に安置した。以来、この観音像は海上安全を守る「船守観音」として広く信仰を集め、漁師や船乗りたちの厚い崇敬を受けることとなった。なお、観音像が発見された岩場は「手摺りが淵」と呼ばれたとのことだが、場所はよく分からなかった。これは観音像が岩に挟まれていた際、その手が岩に擦れていたことに由来すると伝えられている。